第11話
一人の夜。
雨の音がヤケにさみしく耳に届く。
毎日の生活の中で交わす勇樹とのメール。
おはよう、おやすみ、一日の出来事、ふと感じたこと、目にしたもの。
そんな古いやり取りを読み返しているとキュッと胸が締め付けられる。
今、この夜に、勇樹は何をしているんだろう。
何を考え、何を想い、誰の隣にいるんだろう。
少なくとも、勇樹の日常に私は存在していなくて、私の日常にも勇樹は存在していない。
今、私の日常の中で、一番近くにいる男性はタクヤなんだろう。
勇樹が遠くなるほどに、タクヤが近くなる。
タクヤが近くなると、勇樹がますます遠くなる。
200KMの実質的な距離はどうすることもできないけど、もっと縮めたい何かがある。
なんとかして、それを縮めたいと、距離を埋めたいと思うのに、
逆らうことの出来ない流れに飲み込まれてしまったようで、私の意志だけでは
その距離を縮められないままだった。
私は、勇樹に会えない寂しさを、満たされない心を、
タクヤで埋めようとしているんだろうか。
だとしたら、ズルイよね。
そんなことを思い巡らせていると、たまらなく胸が苦しくなる。
どちらか、たったひとりの人と精一杯の私で向き合って行けたら、
きっと私はこんなにも寂しくはないはず。
ふと、心の中に一つの決心が浮かんだ。
タクヤに全部を話そう。
何も隠さず、今のこの私の状況、気持ち、考えていること全てを伝えよう。
その上で、タクヤが離れていくのは仕方がない。
不倫から抜け出せない私を軽蔑するのは仕方がない。
私が動けないなら、タクヤに判断をしてもらおう。
少なくとも、これが今の本当の私なんだから。
そして、もう、私一人の心の中では対処できないところに来ている。
誰かに決めてもらいたい、誰かにここから引っ張り出してもらいたい。
そんな思いに駆られて、私は受話器をとった。
もう寝ているかな・・・。
「・・・もしもし」
呼び出し音が途切れて聞こえてきたのは、ちょっと眠そうなタクヤの声。
「イブです。ごめんね、こんな時間に。寝ていた?」
「ううん、寝ようとしていたところ。大丈夫だよ。どうした、こんな時間に」
いつにも増して優しいタクヤの声。
こんなにも穏やかに話をする人だったかな・・・。
今まで、私はタクヤをきちんと見ていなかったのかもしれない。
「あの、近いうちに、一緒に飲みに行きませんか?聞いて欲しいことがあるの。」
「もちろん、いいよ。」
相変わらずの雨の音と、タクヤの暖かい声。
さっきまでの寂しい夜が、どこかへ行ってしまったかのように私の心は穏やかになる。
「じゃあさ、明後日の夜にしない?」
手帳をめくって、予定を確認する。
「うん、私は大丈夫。じゃあ、その日でお願いします。」
その後の数十分、他愛もない話をしながら、その日を終えることとなった。
まもなく眠りについた私は、優しい優しい夢を見ていた気がする。
一人の夜。
雨の音がヤケにさみしく耳に届く。
毎日の生活の中で交わす勇樹とのメール。
おはよう、おやすみ、一日の出来事、ふと感じたこと、目にしたもの。
そんな古いやり取りを読み返しているとキュッと胸が締め付けられる。
今、この夜に、勇樹は何をしているんだろう。
何を考え、何を想い、誰の隣にいるんだろう。
少なくとも、勇樹の日常に私は存在していなくて、私の日常にも勇樹は存在していない。
今、私の日常の中で、一番近くにいる男性はタクヤなんだろう。
勇樹が遠くなるほどに、タクヤが近くなる。
タクヤが近くなると、勇樹がますます遠くなる。
200KMの実質的な距離はどうすることもできないけど、もっと縮めたい何かがある。
なんとかして、それを縮めたいと、距離を埋めたいと思うのに、
逆らうことの出来ない流れに飲み込まれてしまったようで、私の意志だけでは
その距離を縮められないままだった。
私は、勇樹に会えない寂しさを、満たされない心を、
タクヤで埋めようとしているんだろうか。
だとしたら、ズルイよね。
そんなことを思い巡らせていると、たまらなく胸が苦しくなる。
どちらか、たったひとりの人と精一杯の私で向き合って行けたら、
きっと私はこんなにも寂しくはないはず。
ふと、心の中に一つの決心が浮かんだ。
タクヤに全部を話そう。
何も隠さず、今のこの私の状況、気持ち、考えていること全てを伝えよう。
その上で、タクヤが離れていくのは仕方がない。
不倫から抜け出せない私を軽蔑するのは仕方がない。
私が動けないなら、タクヤに判断をしてもらおう。
少なくとも、これが今の本当の私なんだから。
そして、もう、私一人の心の中では対処できないところに来ている。
誰かに決めてもらいたい、誰かにここから引っ張り出してもらいたい。
そんな思いに駆られて、私は受話器をとった。
もう寝ているかな・・・。
「・・・もしもし」
呼び出し音が途切れて聞こえてきたのは、ちょっと眠そうなタクヤの声。
「イブです。ごめんね、こんな時間に。寝ていた?」
「ううん、寝ようとしていたところ。大丈夫だよ。どうした、こんな時間に」
いつにも増して優しいタクヤの声。
こんなにも穏やかに話をする人だったかな・・・。
今まで、私はタクヤをきちんと見ていなかったのかもしれない。
「あの、近いうちに、一緒に飲みに行きませんか?聞いて欲しいことがあるの。」
「もちろん、いいよ。」
相変わらずの雨の音と、タクヤの暖かい声。
さっきまでの寂しい夜が、どこかへ行ってしまったかのように私の心は穏やかになる。
「じゃあさ、明後日の夜にしない?」
手帳をめくって、予定を確認する。
「うん、私は大丈夫。じゃあ、その日でお願いします。」
その後の数十分、他愛もない話をしながら、その日を終えることとなった。
まもなく眠りについた私は、優しい優しい夢を見ていた気がする。
第10話
私は自分の気持ちをなかなか言葉にできなくて、
今まで勇樹に対して何かを求めたり、我侭を言うことがなかった。
でも、今なら、今日なら言える、言わなくちゃ・・・。
なにも3時間かけて私の町へ会いに来てというわけじゃない。
仕事の合間にほんの5分でいいから会いたいというだけ。
アナタが生きているこの街で、アナタに会いたいだけなの。
そのくらいの我侭は聞いてくれるよね・・・?
皆での仕事が無事終了し、日が傾いた街を宿泊先のホテルへ向う。
「この後、みんなで飲みにいこうよ」
タクヤや、仲間達の声を聞きながら、私は勇樹にメールを送る。
【今晩、5分でいいから会いたい。勇樹の顔が見たい。せっかく勇樹の近くにきているから】
送信ボタンを押して、携帯電話をしまう。
果たして彼は会いに来てくれるのか。
それとも、返事すらもらえないのか。
「おーい、イブ。お前も行くだろ?」
「うん。途中でちょっと抜けるかもしれないけど…。」
仲間達の顔を見ながら言葉を濁す。
一瞬、その中のタクヤと目が合う。
「O.K。じゃ、18時にロビーへ集合な。」
エレベーターへ乗り込み、フロントで受け取った部屋のキーを見つめる。
ホテルに一人で泊まるのは、本当に久しぶりのことだった。
ここのところ、いつも勇樹が一緒だったから。
…と、4桁の数字が刻まれた真鋳のキーが足元に落ちる。
「・・・・。」
とてつもなく寂しい、いやな予感。
拾い上げると同時にエレベーターを降り、部屋のドアをそのキーであける。
いまだ返事の来ない携帯電話をベッドの上に投げ出し、
沈み行く太陽に照らされたこの街の景色をベランダから静かに眺めた。
その後、仲間達と入ったダイニングバー。
『勇樹には会えない』という不安を打ち消そうとする私は、
明らかに普段よりもグラスを開けるペースが早く、
そして口数も少ないことに皆も気がついているようだった。
タクヤの視線を感じる。
その視線をうけて、私の斜め前に座っているタクヤをみた。
”どうした。なにかあったの?”とでも言いたげな表情。
私は、何も答えずに赤い液体の入ったグラスを口に運ぶ。
タクヤが隣の人に話しかけられたのを見て、私は席を立ち店の外へ出た。
バッグから携帯を出してメールを確認する。
8時30分に着信がある。
勇樹・・・?
深呼吸をしながらメールを開封した。
【ごめん。明日も早くてさ。それなのに今だ仕事に追われている。
近いうちに時間を作るから。本当にごめん。 勇樹】
大きくため息をついて、壁にもたれかかる。
やっぱり。という気持ちが一番大きいのが本音で、そんな自分が却って悔しい。
諦めの上に成り立っている私と勇樹の関係は、落胆することの方が多いから。
最初から諦めているほうが、傷つかなくて楽だから。
でも、今日は一目でいいから会いたかったんだ。
会わなくちゃダメになってしまいそうなのに・・・。
涙をこらえようとうつむいた顔を上げようとしたとき、目の前に立つタクヤに気がつく。
「タクヤ・・・。」
その優しい表情をみたら、暖かいものが私の瞳からこぼれ落ちてしまった。
「どうしたの、イブ?」
タクヤが遠慮がちに、そっと私の腕に触れる。
「大丈夫、何もないよ。」
涙をぬぐって微笑もうとする私の笑顔はきっとゆがんでみえるんだろう。
「イブ、何でも話してよ。俺、聞くことしかできないけど、でも、話せば楽になることもあるから。」
「ありがとう、タクヤ」
遠慮がちに背中を押すタクヤのぬくもりに慰められながら
私達は店へ戻った。
『会える』『会えない』の賭けの行方。
これが私の中で大きなきっかけになるような気がした。
そして、この日の終わり…。
完全に酔いが回った私の右側に並んで歩くタクヤのぬくもり。
左側にも同じ仲間の男性のぬくもりがあったけれど。
右側のタクヤのぬくもりだけが、私の悲しい心を癒してくれる気がした。
私は自分の気持ちをなかなか言葉にできなくて、
今まで勇樹に対して何かを求めたり、我侭を言うことがなかった。
でも、今なら、今日なら言える、言わなくちゃ・・・。
なにも3時間かけて私の町へ会いに来てというわけじゃない。
仕事の合間にほんの5分でいいから会いたいというだけ。
アナタが生きているこの街で、アナタに会いたいだけなの。
そのくらいの我侭は聞いてくれるよね・・・?
皆での仕事が無事終了し、日が傾いた街を宿泊先のホテルへ向う。
「この後、みんなで飲みにいこうよ」
タクヤや、仲間達の声を聞きながら、私は勇樹にメールを送る。
【今晩、5分でいいから会いたい。勇樹の顔が見たい。せっかく勇樹の近くにきているから】
送信ボタンを押して、携帯電話をしまう。
果たして彼は会いに来てくれるのか。
それとも、返事すらもらえないのか。
「おーい、イブ。お前も行くだろ?」
「うん。途中でちょっと抜けるかもしれないけど…。」
仲間達の顔を見ながら言葉を濁す。
一瞬、その中のタクヤと目が合う。
「O.K。じゃ、18時にロビーへ集合な。」
エレベーターへ乗り込み、フロントで受け取った部屋のキーを見つめる。
ホテルに一人で泊まるのは、本当に久しぶりのことだった。
ここのところ、いつも勇樹が一緒だったから。
…と、4桁の数字が刻まれた真鋳のキーが足元に落ちる。
「・・・・。」
とてつもなく寂しい、いやな予感。
拾い上げると同時にエレベーターを降り、部屋のドアをそのキーであける。
いまだ返事の来ない携帯電話をベッドの上に投げ出し、
沈み行く太陽に照らされたこの街の景色をベランダから静かに眺めた。
その後、仲間達と入ったダイニングバー。
『勇樹には会えない』という不安を打ち消そうとする私は、
明らかに普段よりもグラスを開けるペースが早く、
そして口数も少ないことに皆も気がついているようだった。
タクヤの視線を感じる。
その視線をうけて、私の斜め前に座っているタクヤをみた。
”どうした。なにかあったの?”とでも言いたげな表情。
私は、何も答えずに赤い液体の入ったグラスを口に運ぶ。
タクヤが隣の人に話しかけられたのを見て、私は席を立ち店の外へ出た。
バッグから携帯を出してメールを確認する。
8時30分に着信がある。
勇樹・・・?
深呼吸をしながらメールを開封した。
【ごめん。明日も早くてさ。それなのに今だ仕事に追われている。
近いうちに時間を作るから。本当にごめん。 勇樹】
大きくため息をついて、壁にもたれかかる。
やっぱり。という気持ちが一番大きいのが本音で、そんな自分が却って悔しい。
諦めの上に成り立っている私と勇樹の関係は、落胆することの方が多いから。
最初から諦めているほうが、傷つかなくて楽だから。
でも、今日は一目でいいから会いたかったんだ。
会わなくちゃダメになってしまいそうなのに・・・。
涙をこらえようとうつむいた顔を上げようとしたとき、目の前に立つタクヤに気がつく。
「タクヤ・・・。」
その優しい表情をみたら、暖かいものが私の瞳からこぼれ落ちてしまった。
「どうしたの、イブ?」
タクヤが遠慮がちに、そっと私の腕に触れる。
「大丈夫、何もないよ。」
涙をぬぐって微笑もうとする私の笑顔はきっとゆがんでみえるんだろう。
「イブ、何でも話してよ。俺、聞くことしかできないけど、でも、話せば楽になることもあるから。」
「ありがとう、タクヤ」
遠慮がちに背中を押すタクヤのぬくもりに慰められながら
私達は店へ戻った。
『会える』『会えない』の賭けの行方。
これが私の中で大きなきっかけになるような気がした。
そして、この日の終わり…。
完全に酔いが回った私の右側に並んで歩くタクヤのぬくもり。
左側にも同じ仲間の男性のぬくもりがあったけれど。
右側のタクヤのぬくもりだけが、私の悲しい心を癒してくれる気がした。
第9話
その日、千葉のとある街へ私達は向っていた。
本当なら仕事を休めるはずの週末、その街での仕事があって、
私は仕事仲間何人かと電車に揺られていた。
その中には、タクヤの姿もあった。
私達の住む街からは見えないはずの海が、電車の窓から当たり前のように見え、
私はタクヤの姿を視界の中に入れたまま、日差しでキラキラ光る海を眺めていた。
家を出てから3時間、電車を降り立ったその街は、勇樹の住む街。
なんの因果か、勇樹の街へタクヤと訪れることになるなんて…。
昨日のメールのやり取りで、勇樹は忙しくて時間が取れないということは分かっていた。
でも、会えるかもしれない、仕事が捗って少しくらい顔を見られるかもしれない
そんな期待を捨てきれずに、私は人々の中に勇樹の姿を探す。
「いるわけがないか…」
小さくつぶやいて、寂しくわらう。
駅前でばったり、なんてことがあったら運命を感じてしまうのに、ね。
小さな望みに心を縛られながら、隣に並んであるくタクヤと言葉を交わす。
これが勇樹だったらいいのにと思ってみたり、
他の誰かと並んで歩くこの姿を勇樹が見て、やきもちを焼いてくれればいいのに、とか
このままタクヤと歩いていったらどうなるか、
勇樹がここから連れ去ってくれないか、そんなことをグルグル考えていた。
揺れる思い。
自分でも行き先の分からない思い。
この勇樹の住む街で、仕事とはいえタクヤと一緒に訪れたこの街で、
なにか賭けをしてみようか。
内容は何だっていい。
もしここで勇樹に会えたら、この先は勇樹しか見ない、とか。
勇樹に会えなかったら、この恋を終わりにする、とか。
そんなものに頼ろうとする私ってなんなの?
自分自身に問いかけながら、青い空の下を歩いた。
その日、千葉のとある街へ私達は向っていた。
本当なら仕事を休めるはずの週末、その街での仕事があって、
私は仕事仲間何人かと電車に揺られていた。
その中には、タクヤの姿もあった。
私達の住む街からは見えないはずの海が、電車の窓から当たり前のように見え、
私はタクヤの姿を視界の中に入れたまま、日差しでキラキラ光る海を眺めていた。
家を出てから3時間、電車を降り立ったその街は、勇樹の住む街。
なんの因果か、勇樹の街へタクヤと訪れることになるなんて…。
昨日のメールのやり取りで、勇樹は忙しくて時間が取れないということは分かっていた。
でも、会えるかもしれない、仕事が捗って少しくらい顔を見られるかもしれない
そんな期待を捨てきれずに、私は人々の中に勇樹の姿を探す。
「いるわけがないか…」
小さくつぶやいて、寂しくわらう。
駅前でばったり、なんてことがあったら運命を感じてしまうのに、ね。
小さな望みに心を縛られながら、隣に並んであるくタクヤと言葉を交わす。
これが勇樹だったらいいのにと思ってみたり、
他の誰かと並んで歩くこの姿を勇樹が見て、やきもちを焼いてくれればいいのに、とか
このままタクヤと歩いていったらどうなるか、
勇樹がここから連れ去ってくれないか、そんなことをグルグル考えていた。
揺れる思い。
自分でも行き先の分からない思い。
この勇樹の住む街で、仕事とはいえタクヤと一緒に訪れたこの街で、
なにか賭けをしてみようか。
内容は何だっていい。
もしここで勇樹に会えたら、この先は勇樹しか見ない、とか。
勇樹に会えなかったら、この恋を終わりにする、とか。
そんなものに頼ろうとする私ってなんなの?
自分自身に問いかけながら、青い空の下を歩いた。
第8話
4月。
仕事がひと段落したとき、無性に青い海が見たくなった。
私の事を誰も知らない場所で、ただ波の音を聞きたい。
思い立った私は、仕事を2日だけ休んで、週末をあわせて沖縄へ飛んだ。
私の住む街では、勢いで咲いてしまったサクラの花びらが
寒そうな朝や夜が続く気候なのに、
飛行機から降り立った私を迎えたのは温かな空気。
そして、ゆっくりと流れる時間。
夏の訪れを予感させる真っ青な空。
ここで、自分の心に問いかけたいことがある。
空港で借りたレンタカーを走らせて、目的のリゾートホテルに着いた。
部屋に入ってベランダへ出ると、そこにはどこまでも続く海が穏やかに存在していた。
「来ちゃった・・・。」
大きく伸びをして、デッキチェアに静かに座った。
勇樹とのデート、タクヤと顔をあわせる仕事の機会。
ここのところの入り組んだ人と人のつながりを
知恵の輪を解くように整理してみる。
耳に届く波の音は、そんなパズルをゴールまで導いてくれるような気がしてしまう。
ザザー、ザザー、・・・。
いつも私を取り巻いているのとは明らかに異なる時間が私を包む。
何も考えなくていい、そのまま進んでいけばよい、
そんな風に言ってくれているようにも感じるのだけれど、
今、こんなときに考えなければ、ますます私の心は複雑になっていってしまいそう。
ふと、携帯を見ると、メール着信のランプが点滅している。
「誰かな・・・。」
2件着信。
【無事、沖縄に着いたかな?俺も仕事の都合がつけば、一緒に行きたかったのに。
ゆっくり楽しんできてね。 勇樹】
続いて、2件目を見る。
【もう沖縄についた頃でしょうか。イブが羨ましいな。
正直言うと、次回は僕も一緒に行きたい。 タクヤ】
よりによって、二人とも同じタイミングで・・・。
苦笑いをしながら、そのうちの1通に返信をする。
【もう、このまま現実に戻りたくないです。私が戻らなかったら、私の残してきた仕事、お願いしますね。】
そして、数分後、帰ってきたメールには・・・
【イブが戻ってきてくれないと僕が困ります。
仕事はやってあげてもいいけど、イブがいないと僕が沖縄にいっちゃうよ。タクヤ】
ここのところ仕事が忙しくて私をほったらかしの勇樹。
1ヶ月に一度は最低でも会わないと不安だ、と言っていた勇樹にこの前会ったのは
たしか、1ヶ月半も前になる。
こうやって、会わない時間に慣れていってしまったら、
終わりに向って進んでいるのと同じような気がする。
それに対して、仕事も含めて何かと会う機会の多いタクヤ。
そして、タクヤの意味深な言葉。
もしかしたら、私に後輩として以上の気持ちがある?
そんなことを考えると私の胸の中はにわかにざわつき始めた。
勇樹でなく、タクヤ、という選択肢が頭に浮かぶ。
以前、『人は比べるものではない』って言っていたタクヤ。
でも、比べないわけにはいかないよ。
私は、人間が出来ていないし、弱いし、ズルイから、二人を並べて見ないと、
比べてみないと、前にも後ろにも動けないんだよ。
海の音を聞きながら、青い空をながめながら、二人の男性を思い浮かべる。
妻子がいるけれど、やることなすことスマートで、何もかも任せておけば安心の勇樹。
独身で私とまっすぐに向き合える、真面目で、仕事の面で尊敬しているタクヤ。
3時間の距離がある勇樹、すぐ近く住んでいるタクヤ。
・・・。
一般的に考えてみれば、勇樹に勝ち目は無い。
そもそも、妻子がある人と恋愛をしようということに無理があるんだ。
分かっている、頭では分かっているんだよ。
けれど、心がそんな簡単には割り切れない。
勇樹を、今失うことを想像すると悲しくて、切なくて涙が出てくる。
私は、勇樹が好きなんだ。
そう、勇樹を愛している…。
そんな私には、いま、タクヤにこれを超える気持ちは抱けない。
でも、でもね、いつか、そう遠くない未来に、タクヤへの気持ちが大きくなって、
勇樹とさよならをする決心がつくかもしれない。
そういうことが絶対にないとは言い切れないし、むしろ、そんな日が来る可能性が高い。
でも、いまは無理なんだ。
いまは、できない・・・。
勇樹と、今、さよならは出来ない。
でも、タクヤも失いたくない。
ゴメン、本当にゴメンね。
傾いてきた日差しが、木々の陰を長く伸ばす。
さわやかな風が私の体を包んで、そっと心をキレイに洗ってくれる。
そう、私は、いつか来るさよならのために、その意味を知る為に
これからの時間、勇樹と、タクヤと向かい合っていくんだ。
さよならは悲しいだけじゃない。
きっと、何かを私に与えてくれるはず。
だとしたら、さよならへ向うこれからを大切にして過ごしていこう。
そして、今度、この大好きな沖縄を訪れるときは、
心の中に存在するたった一人の人と一緒に来よう。
そのとき、隣にいる人が誰なのか。
それを知る為に、また私はあの街へ戻っていくんだ。
勇樹・・・。
タクヤ・・・。
私の心の中に住む、二人の大切な人。
4月。
仕事がひと段落したとき、無性に青い海が見たくなった。
私の事を誰も知らない場所で、ただ波の音を聞きたい。
思い立った私は、仕事を2日だけ休んで、週末をあわせて沖縄へ飛んだ。
私の住む街では、勢いで咲いてしまったサクラの花びらが
寒そうな朝や夜が続く気候なのに、
飛行機から降り立った私を迎えたのは温かな空気。
そして、ゆっくりと流れる時間。
夏の訪れを予感させる真っ青な空。
ここで、自分の心に問いかけたいことがある。
空港で借りたレンタカーを走らせて、目的のリゾートホテルに着いた。
部屋に入ってベランダへ出ると、そこにはどこまでも続く海が穏やかに存在していた。
「来ちゃった・・・。」
大きく伸びをして、デッキチェアに静かに座った。
勇樹とのデート、タクヤと顔をあわせる仕事の機会。
ここのところの入り組んだ人と人のつながりを
知恵の輪を解くように整理してみる。
耳に届く波の音は、そんなパズルをゴールまで導いてくれるような気がしてしまう。
ザザー、ザザー、・・・。
いつも私を取り巻いているのとは明らかに異なる時間が私を包む。
何も考えなくていい、そのまま進んでいけばよい、
そんな風に言ってくれているようにも感じるのだけれど、
今、こんなときに考えなければ、ますます私の心は複雑になっていってしまいそう。
ふと、携帯を見ると、メール着信のランプが点滅している。
「誰かな・・・。」
2件着信。
【無事、沖縄に着いたかな?俺も仕事の都合がつけば、一緒に行きたかったのに。
ゆっくり楽しんできてね。 勇樹】
続いて、2件目を見る。
【もう沖縄についた頃でしょうか。イブが羨ましいな。
正直言うと、次回は僕も一緒に行きたい。 タクヤ】
よりによって、二人とも同じタイミングで・・・。
苦笑いをしながら、そのうちの1通に返信をする。
【もう、このまま現実に戻りたくないです。私が戻らなかったら、私の残してきた仕事、お願いしますね。】
そして、数分後、帰ってきたメールには・・・
【イブが戻ってきてくれないと僕が困ります。
仕事はやってあげてもいいけど、イブがいないと僕が沖縄にいっちゃうよ。タクヤ】
ここのところ仕事が忙しくて私をほったらかしの勇樹。
1ヶ月に一度は最低でも会わないと不安だ、と言っていた勇樹にこの前会ったのは
たしか、1ヶ月半も前になる。
こうやって、会わない時間に慣れていってしまったら、
終わりに向って進んでいるのと同じような気がする。
それに対して、仕事も含めて何かと会う機会の多いタクヤ。
そして、タクヤの意味深な言葉。
もしかしたら、私に後輩として以上の気持ちがある?
そんなことを考えると私の胸の中はにわかにざわつき始めた。
勇樹でなく、タクヤ、という選択肢が頭に浮かぶ。
以前、『人は比べるものではない』って言っていたタクヤ。
でも、比べないわけにはいかないよ。
私は、人間が出来ていないし、弱いし、ズルイから、二人を並べて見ないと、
比べてみないと、前にも後ろにも動けないんだよ。
海の音を聞きながら、青い空をながめながら、二人の男性を思い浮かべる。
妻子がいるけれど、やることなすことスマートで、何もかも任せておけば安心の勇樹。
独身で私とまっすぐに向き合える、真面目で、仕事の面で尊敬しているタクヤ。
3時間の距離がある勇樹、すぐ近く住んでいるタクヤ。
・・・。
一般的に考えてみれば、勇樹に勝ち目は無い。
そもそも、妻子がある人と恋愛をしようということに無理があるんだ。
分かっている、頭では分かっているんだよ。
けれど、心がそんな簡単には割り切れない。
勇樹を、今失うことを想像すると悲しくて、切なくて涙が出てくる。
私は、勇樹が好きなんだ。
そう、勇樹を愛している…。
そんな私には、いま、タクヤにこれを超える気持ちは抱けない。
でも、でもね、いつか、そう遠くない未来に、タクヤへの気持ちが大きくなって、
勇樹とさよならをする決心がつくかもしれない。
そういうことが絶対にないとは言い切れないし、むしろ、そんな日が来る可能性が高い。
でも、いまは無理なんだ。
いまは、できない・・・。
勇樹と、今、さよならは出来ない。
でも、タクヤも失いたくない。
ゴメン、本当にゴメンね。
傾いてきた日差しが、木々の陰を長く伸ばす。
さわやかな風が私の体を包んで、そっと心をキレイに洗ってくれる。
そう、私は、いつか来るさよならのために、その意味を知る為に
これからの時間、勇樹と、タクヤと向かい合っていくんだ。
さよならは悲しいだけじゃない。
きっと、何かを私に与えてくれるはず。
だとしたら、さよならへ向うこれからを大切にして過ごしていこう。
そして、今度、この大好きな沖縄を訪れるときは、
心の中に存在するたった一人の人と一緒に来よう。
そのとき、隣にいる人が誰なのか。
それを知る為に、また私はあの街へ戻っていくんだ。
勇樹・・・。
タクヤ・・・。
私の心の中に住む、二人の大切な人。
第7話
勇樹と離れている日常の中。
次に会う日を目標にしながら、毎日の仕事と格闘する私。
そんなある日、とてつもない仕事が舞い込んできてしまった。
この世界では新米の私にはにっちもさっちも行かなくて…。
卓上の同業者名簿をめくりながらタクヤの事務所のナンバーを探していた。
「あ、イブです。タクヤ、ちょっと仕事の話なんだけどいいですか?」
「あ、うん、丁度いま手が空いていたところ」
「この前タクヤがやったっていう案件、同じようなのが私のところにも来ちゃって。」
「あ、じゃあ、俺の資料参考にしなよ。
全く一緒っていうわけにはいかないかもしれないけど、少しは勉強になると思うよ。」
「ありがとう。本当に、いつもいつもスミマセン。」
電話の向こうのタクヤには見えないと知りつつも、ぺこりと頭を下げる。
受話器の向こうからは、タクヤの事務所の事務員さんの声が聞こえる。
「じゃあさ、結構な量の資料だから、FAXっていう訳にも行かないし。
今夜、時間があるなら夕食でも一緒にどう?コピーしたものを渡すよ。
ちょっと補足説明もしたいし、さ。」
「はい、よろこんで!」
突然のタクヤと二人の約束に、嬉しさと複雑さが入り混じった気持ちになる。
勇樹も近くにいれば、なんの苦労もなくこんな風に会えちゃうんだよね、きっと。
でも、現実は、勇樹は遠い街にいて、日常の中で偶然に会うこともない。
タクヤとは、こんな簡単に会ってしまうのに・・・。
そんな考え事もつかの間、事務所の電話が鳴って、現実に引き戻される。
そしてそのまま、夜の約束までバタバタと仕事に振り回される私がいた。
タクヤから指定された小料理屋のドアを開ける。
「よお、イブ。」
玄関脇の個室からタクヤがひょっこりと顔を出して微笑んだ。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって。」
私は靴を脱いで、タクヤの向かい側に座る。
女将さんに飲み物とお料理を何品か頼んで、タクヤは私に向き直った。
「早速だけど、これ、さっき電話で話した資料。」
机の上にどさっと、資料を出す。
「ありがとう。にしても、すごい量だね。」
「ああ、事件が終わるまでに1年半かかったからね。」
いくつかの付箋と、マーカーでのチェックのあと。
タクヤの優しさはこういうところに現れる。
決して、手抜きをしない人なんだ。
「しっかり参考にさせてもらって、頑張るから。で、また終結したら報告するね。」
タクヤは微笑を浮かべたまままっすぐに私を見ていた。
運ばれてきたビールと、おいしそうなお料理で乾杯をする。
そして、その後は他愛もない日常の業務の話や、これからの仕事。
色々な話で盛り上がりながらお酒が進んでいく。
「俺さ〜、本当はこの仕事を辞めようと思っていたんだ。」
思いがけないタクヤの発言に私はビックリして箸をおいた。
「ど、どうして?どうしてタクヤが辞めるの?」
タクヤはゆっくりとジョッキを飲み干しながら、女将さんにおかわりを頼む。
そして、イツになくまじめな眼差しで壁にかけてある海の絵を見つめた。
「俺、好きな子がいたんだ。その子は沖縄の子なんだけど、去年の研修会で知り合って。」
私は曖昧に相槌を打ちながら、タクヤの表情を観察する。
「おなかに子供がいるっっていうのに、旦那から暴力を受けているんだよ。
で、このまま行くと、子供が無事生まれないかもしれない、そういって泣くんだ。」
なんて言葉を言えばいいのか分からなくて、私もジョッキのビールを飲む。
ごくり、と大きな音がした。
「俺と一緒に生きていかないか、って思い切って告白したんだよ。」
話を始めてから初めてタクヤの視線が私に来た。
無言の中で、目があう。
「フラレちゃったんだ。それでも旦那が好きだってさ。」
タクヤは何かをごまかすように、取皿の中の料理を一気に口へ流し込む。
そして、再び私を見た彼の目には、うっすらと涙らしきものがにじんでいた。
「タクヤ・・・」
「俺ね、ここでの仕事を捨てて、彼女のいる沖縄へ行こうって決心していたんだよ。
そして、そのおなかの中の子の父親になろうって。
沖縄でもどこでも、俺たちの仕事はできるだろ?」
うん、とうなずいて私はうつむいた。
こんな恋愛ネタを話すなんて、今までのタクヤからは想像できなかった。
だって、タクヤは尊敬する先輩であり、私たち新米同業者を引っ張って行ってくれる人で、
いつも私には難しすぎる法律論なんかを語っている人だったから。
「これ、オフレコね。恥ずかしいから。でもね、なぜかイブには話したくなっちゃったんだ」
意味不明なことをつぶやいて、再び彼は優しく微笑んだ。
「私も、人に言えない恋愛していますよ。妻子ある人と。酔った勢いで話しますけど。」
そういって、私はタクヤを見つめ返した。
「皆、そうなんですよ。幸せで幸せでたまらない恋愛をしている人なんていませんよ。
タクヤは大丈夫。だって、とっても素敵だから、またすぐに誰かを想う様になれますよ。」
根拠のない私の言葉に、タクヤは笑った。
「しばらくはいいよ。でも、そうだな、イブに時々は食事くらい付き合ってもらいたいな。」
私は、笑顔でうなずいて、そしておいたままになっていた箸を持った。
帰り道、タクヤがつぶやいた。
「一人の夜って辛いよね。そんな時、決まって考えることがあるんだ。
一度結婚を失敗した俺は、もう二度と家族の暖かさを味わえないのかな、ってさ。」
一緒に見上げた空には、きらきらと無数の星が瞬いている。
「そんなことないよ。今度はきっと一生モノの人に出会えますよ。
だって、皆幸せになる為に生きているんだから」
満点の星空の下を、私たちは先輩と後輩の距離でゆっくりと歩いた。
勇樹と離れている日常の中。
次に会う日を目標にしながら、毎日の仕事と格闘する私。
そんなある日、とてつもない仕事が舞い込んできてしまった。
この世界では新米の私にはにっちもさっちも行かなくて…。
卓上の同業者名簿をめくりながらタクヤの事務所のナンバーを探していた。
「あ、イブです。タクヤ、ちょっと仕事の話なんだけどいいですか?」
「あ、うん、丁度いま手が空いていたところ」
「この前タクヤがやったっていう案件、同じようなのが私のところにも来ちゃって。」
「あ、じゃあ、俺の資料参考にしなよ。
全く一緒っていうわけにはいかないかもしれないけど、少しは勉強になると思うよ。」
「ありがとう。本当に、いつもいつもスミマセン。」
電話の向こうのタクヤには見えないと知りつつも、ぺこりと頭を下げる。
受話器の向こうからは、タクヤの事務所の事務員さんの声が聞こえる。
「じゃあさ、結構な量の資料だから、FAXっていう訳にも行かないし。
今夜、時間があるなら夕食でも一緒にどう?コピーしたものを渡すよ。
ちょっと補足説明もしたいし、さ。」
「はい、よろこんで!」
突然のタクヤと二人の約束に、嬉しさと複雑さが入り混じった気持ちになる。
勇樹も近くにいれば、なんの苦労もなくこんな風に会えちゃうんだよね、きっと。
でも、現実は、勇樹は遠い街にいて、日常の中で偶然に会うこともない。
タクヤとは、こんな簡単に会ってしまうのに・・・。
そんな考え事もつかの間、事務所の電話が鳴って、現実に引き戻される。
そしてそのまま、夜の約束までバタバタと仕事に振り回される私がいた。
タクヤから指定された小料理屋のドアを開ける。
「よお、イブ。」
玄関脇の個室からタクヤがひょっこりと顔を出して微笑んだ。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって。」
私は靴を脱いで、タクヤの向かい側に座る。
女将さんに飲み物とお料理を何品か頼んで、タクヤは私に向き直った。
「早速だけど、これ、さっき電話で話した資料。」
机の上にどさっと、資料を出す。
「ありがとう。にしても、すごい量だね。」
「ああ、事件が終わるまでに1年半かかったからね。」
いくつかの付箋と、マーカーでのチェックのあと。
タクヤの優しさはこういうところに現れる。
決して、手抜きをしない人なんだ。
「しっかり参考にさせてもらって、頑張るから。で、また終結したら報告するね。」
タクヤは微笑を浮かべたまままっすぐに私を見ていた。
運ばれてきたビールと、おいしそうなお料理で乾杯をする。
そして、その後は他愛もない日常の業務の話や、これからの仕事。
色々な話で盛り上がりながらお酒が進んでいく。
「俺さ〜、本当はこの仕事を辞めようと思っていたんだ。」
思いがけないタクヤの発言に私はビックリして箸をおいた。
「ど、どうして?どうしてタクヤが辞めるの?」
タクヤはゆっくりとジョッキを飲み干しながら、女将さんにおかわりを頼む。
そして、イツになくまじめな眼差しで壁にかけてある海の絵を見つめた。
「俺、好きな子がいたんだ。その子は沖縄の子なんだけど、去年の研修会で知り合って。」
私は曖昧に相槌を打ちながら、タクヤの表情を観察する。
「おなかに子供がいるっっていうのに、旦那から暴力を受けているんだよ。
で、このまま行くと、子供が無事生まれないかもしれない、そういって泣くんだ。」
なんて言葉を言えばいいのか分からなくて、私もジョッキのビールを飲む。
ごくり、と大きな音がした。
「俺と一緒に生きていかないか、って思い切って告白したんだよ。」
話を始めてから初めてタクヤの視線が私に来た。
無言の中で、目があう。
「フラレちゃったんだ。それでも旦那が好きだってさ。」
タクヤは何かをごまかすように、取皿の中の料理を一気に口へ流し込む。
そして、再び私を見た彼の目には、うっすらと涙らしきものがにじんでいた。
「タクヤ・・・」
「俺ね、ここでの仕事を捨てて、彼女のいる沖縄へ行こうって決心していたんだよ。
そして、そのおなかの中の子の父親になろうって。
沖縄でもどこでも、俺たちの仕事はできるだろ?」
うん、とうなずいて私はうつむいた。
こんな恋愛ネタを話すなんて、今までのタクヤからは想像できなかった。
だって、タクヤは尊敬する先輩であり、私たち新米同業者を引っ張って行ってくれる人で、
いつも私には難しすぎる法律論なんかを語っている人だったから。
「これ、オフレコね。恥ずかしいから。でもね、なぜかイブには話したくなっちゃったんだ」
意味不明なことをつぶやいて、再び彼は優しく微笑んだ。
「私も、人に言えない恋愛していますよ。妻子ある人と。酔った勢いで話しますけど。」
そういって、私はタクヤを見つめ返した。
「皆、そうなんですよ。幸せで幸せでたまらない恋愛をしている人なんていませんよ。
タクヤは大丈夫。だって、とっても素敵だから、またすぐに誰かを想う様になれますよ。」
根拠のない私の言葉に、タクヤは笑った。
「しばらくはいいよ。でも、そうだな、イブに時々は食事くらい付き合ってもらいたいな。」
私は、笑顔でうなずいて、そしておいたままになっていた箸を持った。
帰り道、タクヤがつぶやいた。
「一人の夜って辛いよね。そんな時、決まって考えることがあるんだ。
一度結婚を失敗した俺は、もう二度と家族の暖かさを味わえないのかな、ってさ。」
一緒に見上げた空には、きらきらと無数の星が瞬いている。
「そんなことないよ。今度はきっと一生モノの人に出会えますよ。
だって、皆幸せになる為に生きているんだから」
満点の星空の下を、私たちは先輩と後輩の距離でゆっくりと歩いた。
第6話
都内のホテル。
夜景が綺麗なその一室で、勇樹が来るのを待っていた。
仕事が終わり、新幹線に飛び乗って、私が部屋に着いた時には、
東京の空は既に夜景の色、寂しいうすねずみ色。
私の住む街では、夜の空の色は墨をこぼしたような黒い色。
勇樹の住むこの街は、夜でも街の明かりが空に届いて、真っ黒にはならない。
星が見えない東京の夜。
でも、そのかわりが、このきらめくほどの夜景なんだね。
28階の部屋から地上を見下ろすと、街を行き交う人も、車もおもちゃのよう。
ふと、一台の車が目に止まった。
シルバーのBM、勇樹の車がホテルのエントランスへ入ろうとウインカーを出している。
やっと勇樹に会える。
1ヶ月ぶりの勇樹。
そして、私がその車を見下ろしていると、携帯にメールが入った。
「今、ついたよ。何号室?それともロビーまで降りてくる?」
勇樹と会っていない時間には沈みがちな私の心も、このときばかりは華やいでしまう。
「2827号室。一度部屋に荷物を置いちゃったら?」
「了解」
携帯を机の上において、勇樹の車を探すと、もうそこにはいなくなっていた。
そして、数分後、部屋のチャイムが鳴った。
「イブ、俺」
ドアを開けて、勇樹を招き入れる。
「勇樹・・・、久しぶり。会いたかったよ」
ちょっとはにかみながら背の高い彼を見上げたら…。
勇樹がきつく私を抱きしめ、そして唇が触れ合った。
月に一度の二人だけの時間。
この時間だけに私の恋は支えられている。
今日も、勇樹のぬくもりの中で1か月分の力を充電しておかないと。
そうしないと、バッテリーが持たない。
簡単に、ダメになってしまいそうな、確かなもののない二人だから。
「さて、食事どうしようか?上の階に鉄板焼きがあったよ。俺、たまには肉が食べたいな」
「そうしよう。たまに会ったときぐらい、美味しいもの食べなくちゃね。」
二人そろって部屋を出る。
勇樹の手が私の腰に回って、さりげないエスコート。
こんな心地よさを感じさせてくれるのは、やはり勇樹だけ。
勇樹は、私をお姫様のように扱ってくれる。
ビールで乾杯をし終えた私の前に、勇樹はリボンのかかった箱を出した。
「これ、良かったら使ってよ。イブ、その時計、前の旦那とペアで買ったのだからイヤだって言っていたの思い出して」
「え、だってこれ、高いよ?」
エルメスのオレンジの箱、茶色のリボン。
「いいの、俺がプレゼントしたものを使って欲しいの。気に入ってもらえればいいけど…」
「ありがとう。大切にする。あけてもいい?」
そっとリボンをほどいて箱を開けると、ピンクがかったフェイスの時計。
時計よりも何よりも、私のことを想ってこれを選んでくれている彼の気持ちが嬉しかった。
そんな彼の姿を想像すると、とても満たされた気持ちになった。よく笑って、よく食べて、よく話して、食事を終えた私達は部屋に戻って抱き合った。
真夜中、隣で眠る彼の姿を見つめて、そっと息を吐く。
勇樹は、私のことをどうしたいんだろう。
私がなんの約束も無いこの恋は寂しい、不安だ、っていったら、仕方が無いって、笑って手を離すのだろうか。
ごめんね、俺が悪かったね、なんていいながら、私の前から去って行ってしまうんだろうか。
それとも、離れて行くなって抱きしめてくれるんだろうか。
私自身も良く分からないけど、私が望んでいることは例えばこんなこと?
いつか一緒になろうね、っていう約束。
どこへも行くな、そんな彼の言葉。
分からない・・・
でも、私の心の中に最近見えてきた真実。
勇樹がとても好きなんだってこと。
さよならなんかしたくない、できない。
ずっと、ずっと、二人の時間を刻んでいきたい。
でも、その勇樹には大切な家族がいる。
だから、会いたいときに会えないし、私は彼の一番大切な人ではない。
彼が真っ先に守りたいものでもない・・・。
そして、こんなことを考えている私の寂しさは、多分彼には見えていない。
いつも家庭へと戻っていく彼に、あなたのことを思って涙する私の存在は邪魔になる。
だとしたら、きちんと割り切って、一線を引いた付き合いをするしかない。
勇樹と続けていくためには、私が割り切らないといけない。
彼に、寂しいとか、会いたいとか、これ以上のものを欲しがったら、多分終わってしまう。
この恋に終わりがやってくるとき。
永遠なんてものがないことは、分かりきっていて。
始まりがあれば、終わりがあって。
ただ、今の私には、彼とこのままではいられないことが見えている。
彼から別れを切り出すのだろうか。
それとも私なんだろうか。
お互いに大人だから、今は上手に距離をとって付き合っている。
このままずっとこんな感じでいることは、それほど努力をしなくても、きっとできる。
でも、私には寂しさというハンデがあるから、きっとこの関係に耐えられなくなる。
『他人と比べることの意味も、必要もない』って、この前タクヤは言っていたけど、
でも、やっぱり暖かい家庭をうらやましく思うし、一人の自分を惨めに思うこともある。
家庭のある彼と付き合っていると、なおさらだ。
私から別れを切り出すとき・・・
それは、私が家庭を欲しいと思うようになったときなんだろうな。
多分、その日はいつかやってきてしまうんだろうか。
そして、勇樹が今の勇樹でいる限り、私のそんな望みはかなえられない。
だとすると、私と勇樹の今過ごしている時間はなんなんだろう。
なんのために、私たちは今同じ時間を過ごしているんだろうか。
私のしていることすべて、人との出会いも、その日の出来事も、行動も、些細な事件も、
全部に何らかの意味があって
だから、今は分からないとしても、きっといつか私と彼が一緒に時を刻まなくてはいけなかった理由が分かる時が来るんだろう。
でも、私は、何をしているんだろうな、ここで。
勇樹…。
私は、まだ、勇樹と二人で過ごす時間に、意味を見出せない。
二人でいることの理由が分からない。
都内のホテル。
夜景が綺麗なその一室で、勇樹が来るのを待っていた。
仕事が終わり、新幹線に飛び乗って、私が部屋に着いた時には、
東京の空は既に夜景の色、寂しいうすねずみ色。
私の住む街では、夜の空の色は墨をこぼしたような黒い色。
勇樹の住むこの街は、夜でも街の明かりが空に届いて、真っ黒にはならない。
星が見えない東京の夜。
でも、そのかわりが、このきらめくほどの夜景なんだね。
28階の部屋から地上を見下ろすと、街を行き交う人も、車もおもちゃのよう。
ふと、一台の車が目に止まった。
シルバーのBM、勇樹の車がホテルのエントランスへ入ろうとウインカーを出している。
やっと勇樹に会える。
1ヶ月ぶりの勇樹。
そして、私がその車を見下ろしていると、携帯にメールが入った。
「今、ついたよ。何号室?それともロビーまで降りてくる?」
勇樹と会っていない時間には沈みがちな私の心も、このときばかりは華やいでしまう。
「2827号室。一度部屋に荷物を置いちゃったら?」
「了解」
携帯を机の上において、勇樹の車を探すと、もうそこにはいなくなっていた。
そして、数分後、部屋のチャイムが鳴った。
「イブ、俺」
ドアを開けて、勇樹を招き入れる。
「勇樹・・・、久しぶり。会いたかったよ」
ちょっとはにかみながら背の高い彼を見上げたら…。
勇樹がきつく私を抱きしめ、そして唇が触れ合った。
月に一度の二人だけの時間。
この時間だけに私の恋は支えられている。
今日も、勇樹のぬくもりの中で1か月分の力を充電しておかないと。
そうしないと、バッテリーが持たない。
簡単に、ダメになってしまいそうな、確かなもののない二人だから。
「さて、食事どうしようか?上の階に鉄板焼きがあったよ。俺、たまには肉が食べたいな」
「そうしよう。たまに会ったときぐらい、美味しいもの食べなくちゃね。」
二人そろって部屋を出る。
勇樹の手が私の腰に回って、さりげないエスコート。
こんな心地よさを感じさせてくれるのは、やはり勇樹だけ。
勇樹は、私をお姫様のように扱ってくれる。
ビールで乾杯をし終えた私の前に、勇樹はリボンのかかった箱を出した。
「これ、良かったら使ってよ。イブ、その時計、前の旦那とペアで買ったのだからイヤだって言っていたの思い出して」
「え、だってこれ、高いよ?」
エルメスのオレンジの箱、茶色のリボン。
「いいの、俺がプレゼントしたものを使って欲しいの。気に入ってもらえればいいけど…」
「ありがとう。大切にする。あけてもいい?」
そっとリボンをほどいて箱を開けると、ピンクがかったフェイスの時計。
時計よりも何よりも、私のことを想ってこれを選んでくれている彼の気持ちが嬉しかった。
そんな彼の姿を想像すると、とても満たされた気持ちになった。よく笑って、よく食べて、よく話して、食事を終えた私達は部屋に戻って抱き合った。
真夜中、隣で眠る彼の姿を見つめて、そっと息を吐く。
勇樹は、私のことをどうしたいんだろう。
私がなんの約束も無いこの恋は寂しい、不安だ、っていったら、仕方が無いって、笑って手を離すのだろうか。
ごめんね、俺が悪かったね、なんていいながら、私の前から去って行ってしまうんだろうか。
それとも、離れて行くなって抱きしめてくれるんだろうか。
私自身も良く分からないけど、私が望んでいることは例えばこんなこと?
いつか一緒になろうね、っていう約束。
どこへも行くな、そんな彼の言葉。
分からない・・・
でも、私の心の中に最近見えてきた真実。
勇樹がとても好きなんだってこと。
さよならなんかしたくない、できない。
ずっと、ずっと、二人の時間を刻んでいきたい。
でも、その勇樹には大切な家族がいる。
だから、会いたいときに会えないし、私は彼の一番大切な人ではない。
彼が真っ先に守りたいものでもない・・・。
そして、こんなことを考えている私の寂しさは、多分彼には見えていない。
いつも家庭へと戻っていく彼に、あなたのことを思って涙する私の存在は邪魔になる。
だとしたら、きちんと割り切って、一線を引いた付き合いをするしかない。
勇樹と続けていくためには、私が割り切らないといけない。
彼に、寂しいとか、会いたいとか、これ以上のものを欲しがったら、多分終わってしまう。
この恋に終わりがやってくるとき。
永遠なんてものがないことは、分かりきっていて。
始まりがあれば、終わりがあって。
ただ、今の私には、彼とこのままではいられないことが見えている。
彼から別れを切り出すのだろうか。
それとも私なんだろうか。
お互いに大人だから、今は上手に距離をとって付き合っている。
このままずっとこんな感じでいることは、それほど努力をしなくても、きっとできる。
でも、私には寂しさというハンデがあるから、きっとこの関係に耐えられなくなる。
『他人と比べることの意味も、必要もない』って、この前タクヤは言っていたけど、
でも、やっぱり暖かい家庭をうらやましく思うし、一人の自分を惨めに思うこともある。
家庭のある彼と付き合っていると、なおさらだ。
私から別れを切り出すとき・・・
それは、私が家庭を欲しいと思うようになったときなんだろうな。
多分、その日はいつかやってきてしまうんだろうか。
そして、勇樹が今の勇樹でいる限り、私のそんな望みはかなえられない。
だとすると、私と勇樹の今過ごしている時間はなんなんだろう。
なんのために、私たちは今同じ時間を過ごしているんだろうか。
私のしていることすべて、人との出会いも、その日の出来事も、行動も、些細な事件も、
全部に何らかの意味があって
だから、今は分からないとしても、きっといつか私と彼が一緒に時を刻まなくてはいけなかった理由が分かる時が来るんだろう。
でも、私は、何をしているんだろうな、ここで。
勇樹…。
私は、まだ、勇樹と二人で過ごす時間に、意味を見出せない。
二人でいることの理由が分からない。
第2話
それからの私は、あっという間に勇樹に夢中になっていた。
仕事の合間のメール。
仕事を口実にかける電話。
誰かを好きになるっていう気持ちが、こんなにパワーの源になるんだって感心しながら
離れた街で同じ仕事を頑張っている彼を思いながら毎日を過ごしていた。
同期合格、同期開業、そして、なんとなく気が合った仲間の一人・・・
二人の実質的な距離は離れているけれど、どこか遠さを感じない。
毎日仕事をしながらの些細なメールのやり取りでさえ、話題が絶えない。
今日の天気とか、週末の予定とか、道路の混雑ぐあいとか、仕事の話とか。
そんな一つ一つの積み重ねが二人の距離をだんだん縮めて行ってくれる気がするのは私だけなんだろうか。
でもね、いつも頭の中でぐるぐる回っている素朴な疑問がある。
幸せ一家で有名な勇樹が、どうしてわざわざ私と一歩踏み込んだ付き合いをしようとするの?
ラブラブの奥さんがいるでしょ?
子供が三人も待っているでしょ?
わざわざ遠距離の私にまで声をかけなくても、近くにいくらでも食事する女性ぐらいいるでしょ?
そんな疑問を直接勇樹には聞けない私。
『何年後かには、二人で宮古島に一緒に住みます?』
『私は遊びはしない男です!こう見えても。誤解しないように』
『早く会いたいね』
そんな彼のメールから、彼の真意を読み取るしかない。
彼の気持ちをまっすぐに信じてみたい一方で、自分を守るかのように疑いの気持ちで、勇樹の言葉を受け止める私がいた。
私はこの流れに身をゆだねてしまってもいいのかな?
勇樹との秘密の時間が信じられないくらい嬉しくて、でも、いろんなことを考え出すとどうしていいのか分からなくなる。
今度、彼と二人で会うときまでには、少しは私の心の中も見えてくるのかな。
そんな頼りなさげな気持ちを抱えて、彼との初デートの日がやってきた。
私は、どんな役柄で彼と面と向かえばいいんだろう。
友達?仕事仲間?それとも恋人?
複雑な気持ちを胸に抱き、私の中でのこたえは出ないまま、彼との待ち合わせ場所にむかう。
車の中では、せつないバラードだけを繰り返して聞く。
不安な気持ちとは裏腹に、胸の高まりを感じる。
そして、車を走らせること1時間、彼との待ち合わせ場所に着いた。
それからの私は、あっという間に勇樹に夢中になっていた。
仕事の合間のメール。
仕事を口実にかける電話。
誰かを好きになるっていう気持ちが、こんなにパワーの源になるんだって感心しながら
離れた街で同じ仕事を頑張っている彼を思いながら毎日を過ごしていた。
同期合格、同期開業、そして、なんとなく気が合った仲間の一人・・・
二人の実質的な距離は離れているけれど、どこか遠さを感じない。
毎日仕事をしながらの些細なメールのやり取りでさえ、話題が絶えない。
今日の天気とか、週末の予定とか、道路の混雑ぐあいとか、仕事の話とか。
そんな一つ一つの積み重ねが二人の距離をだんだん縮めて行ってくれる気がするのは私だけなんだろうか。
でもね、いつも頭の中でぐるぐる回っている素朴な疑問がある。
幸せ一家で有名な勇樹が、どうしてわざわざ私と一歩踏み込んだ付き合いをしようとするの?
ラブラブの奥さんがいるでしょ?
子供が三人も待っているでしょ?
わざわざ遠距離の私にまで声をかけなくても、近くにいくらでも食事する女性ぐらいいるでしょ?
そんな疑問を直接勇樹には聞けない私。
『何年後かには、二人で宮古島に一緒に住みます?』
『私は遊びはしない男です!こう見えても。誤解しないように』
『早く会いたいね』
そんな彼のメールから、彼の真意を読み取るしかない。
彼の気持ちをまっすぐに信じてみたい一方で、自分を守るかのように疑いの気持ちで、勇樹の言葉を受け止める私がいた。
私はこの流れに身をゆだねてしまってもいいのかな?
勇樹との秘密の時間が信じられないくらい嬉しくて、でも、いろんなことを考え出すとどうしていいのか分からなくなる。
今度、彼と二人で会うときまでには、少しは私の心の中も見えてくるのかな。
そんな頼りなさげな気持ちを抱えて、彼との初デートの日がやってきた。
私は、どんな役柄で彼と面と向かえばいいんだろう。
友達?仕事仲間?それとも恋人?
複雑な気持ちを胸に抱き、私の中でのこたえは出ないまま、彼との待ち合わせ場所にむかう。
車の中では、せつないバラードだけを繰り返して聞く。
不安な気持ちとは裏腹に、胸の高まりを感じる。
そして、車を走らせること1時間、彼との待ち合わせ場所に着いた。
第1話
あなたに伝えたい気持ちがある。
あなたと付き合い始めて今までずっと胸の中にしまっておいた本当の私。
今、あなたが、私とのさよならを前にして、
私のあなたへの気持ちを簡単なものだったなんていう風に誤解しているのであれば
誰にも言えずに書き綴ったこの思いと、あなたを思った私の毎日を知って欲しい。
さよならを選んだ私の、苦しかった思いを知ってください。
そして、いつかまた二人でゆっくり話ができる日が来るとしたら、
私はあなたを前にきちんと伝えようと思う。
本当に、本当にあなたが好きでした。
その日、私は1年ぶりの再会となる友人たちと会うことになっていた。
某難関試験に合格した直後の合格者新人研修から約一年の年月が過ぎていた。
難関試験を突破したという連帯感と、合格後の開放感の中で共に過ごした3週間の集団生活で、出身も、歩んできた人生も違う何人かの仲間ができた。
そんな研修が終わり、新潟、長野、埼玉、千葉、神奈川に離れながらも、メールや電話で仲間として繋がっていたから、1年も会わないまま時間が過ぎてしまっていることのほうがちょっと不自然だった。
待ち合わせの横浜駅西口へ急ぐ。
腕時計を見ると、5分ほど約束の時間を過ぎてしまっている。
綺麗になったね、って少しでも思ってもらいたくて、白のロングコートのボタンを合わせ、髪を手でなでおろしながら小走りに階段を駆け下りた。
少し左手に待ち合わせの西口交番の赤いランプが目に付いて、懐かしい顔ぶれが目に入る。
その中の一人の男性に少しときめく。
背の高い彼に似合う、グレーのロングコート、やさしい笑顔、メガネ、そして…。
「おー、イブ、久しぶり〜!」
私に気がついた勇樹が満面の笑みを浮かべながら大きく手を振った。
「こんばんは。勇樹、お元気でしたか?みんなも元気そうだね。」
思わず笑みがこぼれおちる。
山さん、斉藤君、皆としばらく談笑しながら他のメンバーを待つ。
「大森、遅いよなあ。電話してみるか」
ポケットから携帯電話を取り出してダイアルする勇樹を、その横で見つめる私。
このときの私には、まだ想像もできなかった。
そんなやり取りで始まった久しぶりの仲間という輪の中から、私と彼がひょっこり抜け出して、二人の時間が始まっていくことになるなんて。
食べて、飲んで、おしゃべりして、久しぶりの仲間との時間を満喫した私たちは、「仕事頑張ろうね」「また、近々会おうね」ってそれぞれの場所へ帰っていく。
埼玉、千葉、地元横浜、そして私も・・・。
それぞれの明日のために、それぞれの戻るべきところへ。
ほろ酔いでホテルへ戻った私の携帯電話にメールが入る。
・・・だれ?
『今日はありがとう。1年ぶりに会えて嬉しかった。今度は二人で会ってね。』
『こちらこそ楽しかったです。勇樹、相変わらず素敵だし。』
『相変わらず素敵なのはあなたでしょ。交番の前で見たときはちょっとドキッとしてしまいましたよ。』
そんなたわいもない駆け引きのようなやり取り。
シャワーを浴びて、バスルームから出てきたとき、窓辺に置かれた携帯電話からメールの着信を知らせる音が鳴った。
『今、電車に揺られながら考えていたんですが、来月にでも会えない?今日会っちゃったらやっぱり会いたくなってしまった。俺が君の街まで会いに行きますから。私から言いましたよ。』
勇樹・・・。
このメールがすべての始まりだったのだろうか。
いいのか、悪いのか、なんの判断も出来ないままに流されていくことになるなんて。
でも、そもそも誰かを思う気持ちというのは、頭で計算できるものじゃないし、人と人との始まりも、終わりも、なるようにしかならないもの。
そんなことを考えながら、その夜はいつしか眠りについていた。
あなたに伝えたい気持ちがある。
あなたと付き合い始めて今までずっと胸の中にしまっておいた本当の私。
今、あなたが、私とのさよならを前にして、
私のあなたへの気持ちを簡単なものだったなんていう風に誤解しているのであれば
誰にも言えずに書き綴ったこの思いと、あなたを思った私の毎日を知って欲しい。
さよならを選んだ私の、苦しかった思いを知ってください。
そして、いつかまた二人でゆっくり話ができる日が来るとしたら、
私はあなたを前にきちんと伝えようと思う。
本当に、本当にあなたが好きでした。
その日、私は1年ぶりの再会となる友人たちと会うことになっていた。
某難関試験に合格した直後の合格者新人研修から約一年の年月が過ぎていた。
難関試験を突破したという連帯感と、合格後の開放感の中で共に過ごした3週間の集団生活で、出身も、歩んできた人生も違う何人かの仲間ができた。
そんな研修が終わり、新潟、長野、埼玉、千葉、神奈川に離れながらも、メールや電話で仲間として繋がっていたから、1年も会わないまま時間が過ぎてしまっていることのほうがちょっと不自然だった。
待ち合わせの横浜駅西口へ急ぐ。
腕時計を見ると、5分ほど約束の時間を過ぎてしまっている。
綺麗になったね、って少しでも思ってもらいたくて、白のロングコートのボタンを合わせ、髪を手でなでおろしながら小走りに階段を駆け下りた。
少し左手に待ち合わせの西口交番の赤いランプが目に付いて、懐かしい顔ぶれが目に入る。
その中の一人の男性に少しときめく。
背の高い彼に似合う、グレーのロングコート、やさしい笑顔、メガネ、そして…。
「おー、イブ、久しぶり〜!」
私に気がついた勇樹が満面の笑みを浮かべながら大きく手を振った。
「こんばんは。勇樹、お元気でしたか?みんなも元気そうだね。」
思わず笑みがこぼれおちる。
山さん、斉藤君、皆としばらく談笑しながら他のメンバーを待つ。
「大森、遅いよなあ。電話してみるか」
ポケットから携帯電話を取り出してダイアルする勇樹を、その横で見つめる私。
このときの私には、まだ想像もできなかった。
そんなやり取りで始まった久しぶりの仲間という輪の中から、私と彼がひょっこり抜け出して、二人の時間が始まっていくことになるなんて。
食べて、飲んで、おしゃべりして、久しぶりの仲間との時間を満喫した私たちは、「仕事頑張ろうね」「また、近々会おうね」ってそれぞれの場所へ帰っていく。
埼玉、千葉、地元横浜、そして私も・・・。
それぞれの明日のために、それぞれの戻るべきところへ。
ほろ酔いでホテルへ戻った私の携帯電話にメールが入る。
・・・だれ?
『今日はありがとう。1年ぶりに会えて嬉しかった。今度は二人で会ってね。』
『こちらこそ楽しかったです。勇樹、相変わらず素敵だし。』
『相変わらず素敵なのはあなたでしょ。交番の前で見たときはちょっとドキッとしてしまいましたよ。』
そんなたわいもない駆け引きのようなやり取り。
シャワーを浴びて、バスルームから出てきたとき、窓辺に置かれた携帯電話からメールの着信を知らせる音が鳴った。
『今、電車に揺られながら考えていたんですが、来月にでも会えない?今日会っちゃったらやっぱり会いたくなってしまった。俺が君の街まで会いに行きますから。私から言いましたよ。』
勇樹・・・。
このメールがすべての始まりだったのだろうか。
いいのか、悪いのか、なんの判断も出来ないままに流されていくことになるなんて。
でも、そもそも誰かを思う気持ちというのは、頭で計算できるものじゃないし、人と人との始まりも、終わりも、なるようにしかならないもの。
そんなことを考えながら、その夜はいつしか眠りについていた。
勇樹と不倫をしていたころ書き溜めた日記。過去の二人。
***********************************
2004.2.21
今日は、勇樹が私の住む街に来たよ。
横浜でのやり取りが、どこまでホントか嘘か分からなくて、
どういう風に受け止めればいいのか分からなかったけど。
ここまで会いに来てくれた勇樹のこと、信じちゃおう。
っていうか、勇樹になら騙されてもしょうがないかな。
誰よりも早い、誕生日のお祝い嬉しかった。
やっぱ、大人はやることがスマートだね。久しぶりに感動しちゃった。
勇樹となら、難しいことを何も考えずに楽にいられる。
ドキドキしちゃって、落ち着かないのは仕方ないけど、
子供のこと、子育て経験者として分かってくれるから安心。
私が今までの私みたいに無理しなくていい。
今日、勇樹が「月に1回は会わないとだめだなあ」って言っていたの聞いて嬉しかった。
ホントに私のこと好きなのかもって。
腰に手を添えるさりげないエスコートも、勇樹だからかっこいいな。
○○試験、本当にがんばってよかった。
勇樹となら、上手にお付き合いができそうな気がする。
仕事もがんばろう。
子供が何をおいても一番だからね、って言ってもらったのも嬉しかった。
今までは、誰もそうは言ってくれなくて辛かったから。
今でも、信じられない、夢見たい。
今度こそ、この気持ち大切に育てたいな。
子供と、仕事と、心の恋人。
ほんとうに、これ以上は望まないから。
今日は、悩んでいることが勇樹のおかげで、ちょっと解決した気がする。
そうそう、俺、やきもち焼きだから、って言ってた。何回も言ってた。
で、前の彼のことすごくやきもち焼いてた。
ちょっとうれしかった。
だって、勇樹にやきもち焼いてもらえるなんて、ね。
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2004.2.21
今日は、勇樹が私の住む街に来たよ。
横浜でのやり取りが、どこまでホントか嘘か分からなくて、
どういう風に受け止めればいいのか分からなかったけど。
ここまで会いに来てくれた勇樹のこと、信じちゃおう。
っていうか、勇樹になら騙されてもしょうがないかな。
誰よりも早い、誕生日のお祝い嬉しかった。
やっぱ、大人はやることがスマートだね。久しぶりに感動しちゃった。
勇樹となら、難しいことを何も考えずに楽にいられる。
ドキドキしちゃって、落ち着かないのは仕方ないけど、
子供のこと、子育て経験者として分かってくれるから安心。
私が今までの私みたいに無理しなくていい。
今日、勇樹が「月に1回は会わないとだめだなあ」って言っていたの聞いて嬉しかった。
ホントに私のこと好きなのかもって。
腰に手を添えるさりげないエスコートも、勇樹だからかっこいいな。
○○試験、本当にがんばってよかった。
勇樹となら、上手にお付き合いができそうな気がする。
仕事もがんばろう。
子供が何をおいても一番だからね、って言ってもらったのも嬉しかった。
今までは、誰もそうは言ってくれなくて辛かったから。
今でも、信じられない、夢見たい。
今度こそ、この気持ち大切に育てたいな。
子供と、仕事と、心の恋人。
ほんとうに、これ以上は望まないから。
今日は、悩んでいることが勇樹のおかげで、ちょっと解決した気がする。
そうそう、俺、やきもち焼きだから、って言ってた。何回も言ってた。
で、前の彼のことすごくやきもち焼いてた。
ちょっとうれしかった。
だって、勇樹にやきもち焼いてもらえるなんて、ね。
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