さよならの物語

2006年1月3日 連載
第24話

昨日とは違う私の生活。
携帯電話が変わり、一日に何度も送られてきた携帯メールの着信音が途絶えた。
勇樹からの電話も、タクヤからの電話もならない。
ただただ、目の前の仕事をこなしていくだけで時間が過ぎていく。

事務所の机の上のパソコンの画面を焦点の合わない目で見つめながら、
スクリーンセイバーの映し出す南の島の写真に、過去の思い出を重ね合わせていた。
タクヤと過ごした沖縄での時間。
勇樹とは行く事ができなかった沖縄の離島への想い。
タクヤがまだ単なる先輩だった頃、二人で食事に行ったこと。
勇樹と過ごす月に一度のホテルでのゆったりした時間。
タクヤの笑顔。
待ち合わせた私のところへ向ってくるスーツ姿の勇樹。
いつも暖かいタクヤの手のぬくもり。
勇樹のさりげないエスコートにドキドキしたこと。
タクヤのアルファロメオを一緒に買いに行った。
東京駅の改札で手を振る勇樹の姿。

私には抱えきれないほどの思い出の数々。
タクヤと勇樹が与えてくれたものは計り知れないのに、
私はそれに答えられないばかりか、その思いを裏切ってしまった。
人を好きになるってとてもシンプルな気持ちのはずなのに、
どうしてこんなに難しいの?
幼いころ、初恋の人を教室の窓から見つめているだけで満足だった
そんな頃に戻れたら、きっと誰も裏切らずに済んだのに。

「ダメだ・・・、今日はもう仕事が進まない」
机の上のファイルをパタンと閉じて、私は事務所を出た。
このままでは何の解決にもならないかな。
でも、今はこれが精一杯。
本当にバカな私・・・。
不意に、携帯電話が鳴り出した。
「はい?」
怪訝そうに電話に出た私に、事務所の女の子からの言葉。
「タクヤさんが見えています。どうなさいますか?」
・・・。
少なくとも勇樹は私の事務所まで来ることは無い。
でも、タクヤは・・・。
「えっと、伝えてもらえるかな。『もう、直接来ないで下さい』って・・・。」
何か言いたげな彼女からも逃げるように、私は電話を先に切る。
先日新しくしたばかりの携帯電話を鞄の中にしまい込んで、空を見上げた。
どこかへ消えてしまいたい。
許されるならば、二人との思い出を持ったまま、遠い遠い誰も知らない街へ行きたい。

青い空を小さな飛行機が横切っていった。
私はただそれを見送っていた。

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