さよならの物語

2005年12月4日 連載
第19話

私の中の二つの時計。
どんどん、どんどん時間が流れて、季節がめぐっていく。

大切で愛しいタクヤとの日常が積み重なり、タクヤの優しさに包まれて、私は満たされる。
二人のこれからを想像して夢を見る。

日常から切り離された勇樹との逢瀬に、ドキドキしながら駆け寄っていく私。
1ヶ月30日の中のたった一つの夜を、叶わない夢を追い求めるかのように
勇樹と私は抱きしめあう。

その二つは重なることも、すれ違うこともなく、ただパラレルラインをたどっていく。

その日、雪がちらつく道を私は悲しいラブソングを聴きながら車を走らせていた。
夏は観光客でにぎわうはずのその場所も、さすがにこの季節は静かな息づかい。
そして、暗くなった街を彩る幻想的なイルミネーション。
はかないその小さな灯りの一つ一つが、まるで私と勇樹の思い出のようだ。
「勇樹・・・」
その名前をつぶやきながら、彼との待ち合わせの温泉旅館に近づいていく。
1ヶ月の空白を飛び越えるかのように、勇樹へと向っていく。

「今週末はどうする?」
当たり前のデートの約束をするかのようなタクヤの問いかけに
「ごめん、今週は仕事があるんだ」
そうウソをついたのはおとといのこと。
何も疑わず、ただ少し寂しそうな表情で、「仕事、頑張れよ」そう言ってくれたタクヤ。
そんなタクヤへの切なさが浮かんでくるけれど、そこへやってくるのが
勇樹と会える嬉しい気持ち。
様々な思いを抱いて、温泉旅館への入り口に車を乗り入れた。
駐車場には既に勇樹の車が泊まっている。
自然に浮かぶ笑顔をルームミラーに映して深呼吸。
旅館の女将さんに先導されて、私は勇樹の待つ部屋へと向う。
「お連れ様も、30分ほど前に着いたばかりですよ。」
そういって立ち止まると、部屋のドアの前に立ち、呼び鈴を鳴らした。
「お連れ様が到着されました。」

数秒後・・・。
開いたドアの向こうには、暖かな優しい笑顔の勇樹。
いつもそう。
1ヶ月ぶりに会うとき、まるではじめてのデートの時のような気持ちになる。
タクヤと毎日顔をあわせるときのような安心感ではなく、
また一からはじめるような緊張と新鮮さ。
どんなに時がたっても、何度逢瀬を重ねてもそれだけは変わらない。
女将さんがお茶を入れて部屋を後にする。
二人きりになったその部屋は、どうしていいか分からない切なさに包まれた。
「イブ、久しぶり」
せせらぎが聞こえる部屋の中、勇樹に手招きされて縁側へ進む。
差し出された手を握る。
そっと抱き寄せられ、そして、唇を重ねる。
久しぶりの勇樹のぬくもりは、きちんと私の中で覚えていて、
前に会った時から次に会うまでの間のタクヤのぬくもりで消されて忘れてしまうかも
なんていう心配は不要なんだって思い知る。
決して忘れることはできないのかもしれない。
前に一度さよならをしたときも、今も、そしてこれからも…。

離れ個室の閉ざされた空間の中で、勇樹と過ごす貴重な時間。
ゆっくり食事をしながら、1ヶ月の間に起こった出来事を話し、
笑ったり、一緒に考え込んだりする。
ふと会話が途切れて、見詰め合う。
そっと、寄り添いながらグラスを傾ける。
冬の星を部屋の窓から見上げながら、勇樹と出会ってからのことを思い出す。
「二人で色んなところへ泊まったね。」
私の腰に手を回して優しく微笑む勇樹。
「そうだな。今回のここも結構、いや、かなりいいね。」
「また、違う季節にも来てみたいね。」
「うん、今度は春がいいかな。新緑の季節。また来よう。」
隣の勇樹を見つめる。
お互いの瞳の中に、その姿を探して、そして目を閉じた。
そのまま、勇樹の重さを受け止め、そして、勇樹の温もりに包まれる。
一瞬、タクヤが頭をよぎった。
悲しい表情のタクヤ。
でも、勇樹の腕の中で勇樹の熱い息遣いを感じる私は、もう何も考えられなかった。
そして、その夜、勇樹は私を抱きしめたまま離そうとしなかった。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

この日記について

日記内を検索