さよならの物語

2005年11月8日 連載
第15話

現実の世界から切り離されたその街にたどり着いた。
私は、レンタカーの運転席に座るタクヤを見つめる。
タクヤの向こうには、太陽の光に照らされた、まばゆいばかりの海が広がっている。
二人の目指すホテルまでは、もう少し。
タクヤの左手に私の右手をそっと絡ませる。
タクヤのぬくもり。
これからの私は、このぬくもりだけを見失わずにいればいい。
このぬくもりが、私の道しるべになるんだ。
ラブソングを口ずさんでいるタクヤの横顔にそっと誓う。
『私は、アナタとこの先の未来を歩いてゆきたい…』
私の心の中の声が届いたのか、ただの偶然か、タクヤが一瞬私を見る。
そして、再び前方を見ながら続きを歌い始めた。

ここのところ、タクヤと二人で過ごす時間が増えて、私が私らしくいられる場所はタクヤの隣なんだと気がついた。
勇樹の隣にいるとき、私はいつも無理をしていたように思える。
大人の勇樹につりあうように、背伸びをしていた。
最初から不倫だと分かっていたから、寂しいときに寂しいといえなかった。
これからの二人、そんな話題は決して出せなかった。
未来がない私と勇樹の恋の中で、私はいつも苦しくて苦しくて、辛かったんだ。
その辛い気持ちを恋だと思っていたのかもしれない。
でも、今の私は違う。
等身大の自分で、寂しいときは寂しいといえる。
これから先の二人についても話をすることができる。
次の約束なんてしなくても、毎日のように会うことができる。
無理のない二人、それが一番大切なことだと思うようになった。

「さ、ここを曲がれば到着かな?」
ウインカーを出して右に曲がった私達の車は、南国の宮殿のような建物の正面に着いた。
「タクヤ、運転お疲れ様。」
大きく伸びをして、二人で見詰め合う。
「とうとう来ちゃったね。」
「ああ、来ちゃったな。」
ドアマンが車のドアを開けて、私達をレセプションへと招いた。
「リゾート・ベイ・ホテルへようこそ」
スタッフのさわやかな笑顔と、暖かい風、甘い柑橘系の匂い。
それだけで幸せな気分になってしまう。
案内されるまま、手をつないだ私達は、二人の部屋へと向った。
スタッフが下がった後、後ろからタクヤに抱きしめられる。
「やっと、二人きりで過ごせるね。」
タクヤのほうに向き直って、その広い胸に頬を寄せる。
そんな私をさらに強く抱きしめる腕。
タクヤの腕の中で、泣きそうになる。
「幸せすぎて怖い。誰もこの幸せを壊さないで欲しい・・・。これ以上何もいらないから…」
「大丈夫だよ、イブ。心配しなくていいから」
小さくうなずいて、目を閉じる。
開け放ったベランダの窓から、綺麗な鐘の音が聞こえる。
「なんだろう?」
二人でベランダに出てみると、海に面したチャペルから幸せそうな二人が出てくるところだった。
「結婚式か・・・、こんなところでロマンチックだね。」
「ああ、本当だ」
長いベールの白と、海の青、空の青、砂の白・・・。
「キレイ…。」
思わずため息がでてしまう。
隣に寄り添うタクヤが、ちょっとテレながらつぶやく。
「いつか、俺達もしような」
見知らぬカップルに自分達の姿を重ね合わせながら、私は微笑んだ。

翌日、朝の光の中でまどろむ私の隣に、タクヤの寝顔。
そうか、沖縄に来ていたんだよね…。
タクヤに背を向けて、ベッドから出ようとした瞬間、後ろから抱きしめられる。
「おはよう」
「おはよ」
白いシーツの中で、そっとキスをする。
タクヤはさらに強く私を抱きしめる。
「どこへも行かせないよ。イブは、俺のこの腕の中にいなくちゃダメなの」
額、頬、首、腕、胸・・・。
タクヤの優しいキスを受け止めながら私は目を閉じる。
「もう、戻りたくないね。ずっとここにこうしていられたら幸せなのにね」
体全体で幸せを感じながら、そっと息を吐く。
「タクヤ、ずっとずっと私を離さないでね。」
タクヤの耳元でささやいて、私も優しいキスを返した。

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