さよならの物語

2005年11月2日 連載
第11話

一人の夜。
雨の音がヤケにさみしく耳に届く。
毎日の生活の中で交わす勇樹とのメール。
おはよう、おやすみ、一日の出来事、ふと感じたこと、目にしたもの。
そんな古いやり取りを読み返しているとキュッと胸が締め付けられる。
今、この夜に、勇樹は何をしているんだろう。
何を考え、何を想い、誰の隣にいるんだろう。
少なくとも、勇樹の日常に私は存在していなくて、私の日常にも勇樹は存在していない。
今、私の日常の中で、一番近くにいる男性はタクヤなんだろう。
勇樹が遠くなるほどに、タクヤが近くなる。
タクヤが近くなると、勇樹がますます遠くなる。
200KMの実質的な距離はどうすることもできないけど、もっと縮めたい何かがある。
なんとかして、それを縮めたいと、距離を埋めたいと思うのに、
逆らうことの出来ない流れに飲み込まれてしまったようで、私の意志だけでは
その距離を縮められないままだった。

私は、勇樹に会えない寂しさを、満たされない心を、
タクヤで埋めようとしているんだろうか。
だとしたら、ズルイよね。
そんなことを思い巡らせていると、たまらなく胸が苦しくなる。
どちらか、たったひとりの人と精一杯の私で向き合って行けたら、
きっと私はこんなにも寂しくはないはず。

ふと、心の中に一つの決心が浮かんだ。
タクヤに全部を話そう。
何も隠さず、今のこの私の状況、気持ち、考えていること全てを伝えよう。
その上で、タクヤが離れていくのは仕方がない。
不倫から抜け出せない私を軽蔑するのは仕方がない。
私が動けないなら、タクヤに判断をしてもらおう。
少なくとも、これが今の本当の私なんだから。
そして、もう、私一人の心の中では対処できないところに来ている。
誰かに決めてもらいたい、誰かにここから引っ張り出してもらいたい。
そんな思いに駆られて、私は受話器をとった。
もう寝ているかな・・・。
「・・・もしもし」
呼び出し音が途切れて聞こえてきたのは、ちょっと眠そうなタクヤの声。
「イブです。ごめんね、こんな時間に。寝ていた?」
「ううん、寝ようとしていたところ。大丈夫だよ。どうした、こんな時間に」
いつにも増して優しいタクヤの声。
こんなにも穏やかに話をする人だったかな・・・。
今まで、私はタクヤをきちんと見ていなかったのかもしれない。
「あの、近いうちに、一緒に飲みに行きませんか?聞いて欲しいことがあるの。」
「もちろん、いいよ。」
相変わらずの雨の音と、タクヤの暖かい声。
さっきまでの寂しい夜が、どこかへ行ってしまったかのように私の心は穏やかになる。
「じゃあさ、明後日の夜にしない?」
手帳をめくって、予定を確認する。
「うん、私は大丈夫。じゃあ、その日でお願いします。」
その後の数十分、他愛もない話をしながら、その日を終えることとなった。
まもなく眠りについた私は、優しい優しい夢を見ていた気がする。

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