さよならの物語

2005年10月30日 連載
第10話

私は自分の気持ちをなかなか言葉にできなくて、
今まで勇樹に対して何かを求めたり、我侭を言うことがなかった。
でも、今なら、今日なら言える、言わなくちゃ・・・。
なにも3時間かけて私の町へ会いに来てというわけじゃない。
仕事の合間にほんの5分でいいから会いたいというだけ。
アナタが生きているこの街で、アナタに会いたいだけなの。
そのくらいの我侭は聞いてくれるよね・・・?

皆での仕事が無事終了し、日が傾いた街を宿泊先のホテルへ向う。
「この後、みんなで飲みにいこうよ」
タクヤや、仲間達の声を聞きながら、私は勇樹にメールを送る。
【今晩、5分でいいから会いたい。勇樹の顔が見たい。せっかく勇樹の近くにきているから】
送信ボタンを押して、携帯電話をしまう。
果たして彼は会いに来てくれるのか。
それとも、返事すらもらえないのか。
「おーい、イブ。お前も行くだろ?」
「うん。途中でちょっと抜けるかもしれないけど…。」
仲間達の顔を見ながら言葉を濁す。
一瞬、その中のタクヤと目が合う。
「O.K。じゃ、18時にロビーへ集合な。」
エレベーターへ乗り込み、フロントで受け取った部屋のキーを見つめる。
ホテルに一人で泊まるのは、本当に久しぶりのことだった。
ここのところ、いつも勇樹が一緒だったから。
…と、4桁の数字が刻まれた真鋳のキーが足元に落ちる。
「・・・・。」
とてつもなく寂しい、いやな予感。
拾い上げると同時にエレベーターを降り、部屋のドアをそのキーであける。
いまだ返事の来ない携帯電話をベッドの上に投げ出し、
沈み行く太陽に照らされたこの街の景色をベランダから静かに眺めた。

その後、仲間達と入ったダイニングバー。
『勇樹には会えない』という不安を打ち消そうとする私は、
明らかに普段よりもグラスを開けるペースが早く、
そして口数も少ないことに皆も気がついているようだった。
タクヤの視線を感じる。
その視線をうけて、私の斜め前に座っているタクヤをみた。
”どうした。なにかあったの?”とでも言いたげな表情。
私は、何も答えずに赤い液体の入ったグラスを口に運ぶ。
タクヤが隣の人に話しかけられたのを見て、私は席を立ち店の外へ出た。
バッグから携帯を出してメールを確認する。
8時30分に着信がある。
勇樹・・・?
深呼吸をしながらメールを開封した。
【ごめん。明日も早くてさ。それなのに今だ仕事に追われている。
 近いうちに時間を作るから。本当にごめん。 勇樹】
大きくため息をついて、壁にもたれかかる。
やっぱり。という気持ちが一番大きいのが本音で、そんな自分が却って悔しい。
諦めの上に成り立っている私と勇樹の関係は、落胆することの方が多いから。
最初から諦めているほうが、傷つかなくて楽だから。
でも、今日は一目でいいから会いたかったんだ。
会わなくちゃダメになってしまいそうなのに・・・。
涙をこらえようとうつむいた顔を上げようとしたとき、目の前に立つタクヤに気がつく。
「タクヤ・・・。」
その優しい表情をみたら、暖かいものが私の瞳からこぼれ落ちてしまった。
「どうしたの、イブ?」
タクヤが遠慮がちに、そっと私の腕に触れる。
「大丈夫、何もないよ。」
涙をぬぐって微笑もうとする私の笑顔はきっとゆがんでみえるんだろう。
「イブ、何でも話してよ。俺、聞くことしかできないけど、でも、話せば楽になることもあるから。」
「ありがとう、タクヤ」
遠慮がちに背中を押すタクヤのぬくもりに慰められながら
私達は店へ戻った。

『会える』『会えない』の賭けの行方。
これが私の中で大きなきっかけになるような気がした。
そして、この日の終わり…。
完全に酔いが回った私の右側に並んで歩くタクヤのぬくもり。
左側にも同じ仲間の男性のぬくもりがあったけれど。
右側のタクヤのぬくもりだけが、私の悲しい心を癒してくれる気がした。

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