第8話
4月。
仕事がひと段落したとき、無性に青い海が見たくなった。
私の事を誰も知らない場所で、ただ波の音を聞きたい。
思い立った私は、仕事を2日だけ休んで、週末をあわせて沖縄へ飛んだ。
私の住む街では、勢いで咲いてしまったサクラの花びらが
寒そうな朝や夜が続く気候なのに、
飛行機から降り立った私を迎えたのは温かな空気。
そして、ゆっくりと流れる時間。
夏の訪れを予感させる真っ青な空。
ここで、自分の心に問いかけたいことがある。
空港で借りたレンタカーを走らせて、目的のリゾートホテルに着いた。
部屋に入ってベランダへ出ると、そこにはどこまでも続く海が穏やかに存在していた。
「来ちゃった・・・。」
大きく伸びをして、デッキチェアに静かに座った。
勇樹とのデート、タクヤと顔をあわせる仕事の機会。
ここのところの入り組んだ人と人のつながりを
知恵の輪を解くように整理してみる。
耳に届く波の音は、そんなパズルをゴールまで導いてくれるような気がしてしまう。
ザザー、ザザー、・・・。
いつも私を取り巻いているのとは明らかに異なる時間が私を包む。
何も考えなくていい、そのまま進んでいけばよい、
そんな風に言ってくれているようにも感じるのだけれど、
今、こんなときに考えなければ、ますます私の心は複雑になっていってしまいそう。
ふと、携帯を見ると、メール着信のランプが点滅している。
「誰かな・・・。」
2件着信。
【無事、沖縄に着いたかな?俺も仕事の都合がつけば、一緒に行きたかったのに。
ゆっくり楽しんできてね。 勇樹】
続いて、2件目を見る。
【もう沖縄についた頃でしょうか。イブが羨ましいな。
正直言うと、次回は僕も一緒に行きたい。 タクヤ】
よりによって、二人とも同じタイミングで・・・。
苦笑いをしながら、そのうちの1通に返信をする。
【もう、このまま現実に戻りたくないです。私が戻らなかったら、私の残してきた仕事、お願いしますね。】
そして、数分後、帰ってきたメールには・・・
【イブが戻ってきてくれないと僕が困ります。
仕事はやってあげてもいいけど、イブがいないと僕が沖縄にいっちゃうよ。タクヤ】
ここのところ仕事が忙しくて私をほったらかしの勇樹。
1ヶ月に一度は最低でも会わないと不安だ、と言っていた勇樹にこの前会ったのは
たしか、1ヶ月半も前になる。
こうやって、会わない時間に慣れていってしまったら、
終わりに向って進んでいるのと同じような気がする。
それに対して、仕事も含めて何かと会う機会の多いタクヤ。
そして、タクヤの意味深な言葉。
もしかしたら、私に後輩として以上の気持ちがある?
そんなことを考えると私の胸の中はにわかにざわつき始めた。
勇樹でなく、タクヤ、という選択肢が頭に浮かぶ。
以前、『人は比べるものではない』って言っていたタクヤ。
でも、比べないわけにはいかないよ。
私は、人間が出来ていないし、弱いし、ズルイから、二人を並べて見ないと、
比べてみないと、前にも後ろにも動けないんだよ。
海の音を聞きながら、青い空をながめながら、二人の男性を思い浮かべる。
妻子がいるけれど、やることなすことスマートで、何もかも任せておけば安心の勇樹。
独身で私とまっすぐに向き合える、真面目で、仕事の面で尊敬しているタクヤ。
3時間の距離がある勇樹、すぐ近く住んでいるタクヤ。
・・・。
一般的に考えてみれば、勇樹に勝ち目は無い。
そもそも、妻子がある人と恋愛をしようということに無理があるんだ。
分かっている、頭では分かっているんだよ。
けれど、心がそんな簡単には割り切れない。
勇樹を、今失うことを想像すると悲しくて、切なくて涙が出てくる。
私は、勇樹が好きなんだ。
そう、勇樹を愛している…。
そんな私には、いま、タクヤにこれを超える気持ちは抱けない。
でも、でもね、いつか、そう遠くない未来に、タクヤへの気持ちが大きくなって、
勇樹とさよならをする決心がつくかもしれない。
そういうことが絶対にないとは言い切れないし、むしろ、そんな日が来る可能性が高い。
でも、いまは無理なんだ。
いまは、できない・・・。
勇樹と、今、さよならは出来ない。
でも、タクヤも失いたくない。
ゴメン、本当にゴメンね。
傾いてきた日差しが、木々の陰を長く伸ばす。
さわやかな風が私の体を包んで、そっと心をキレイに洗ってくれる。
そう、私は、いつか来るさよならのために、その意味を知る為に
これからの時間、勇樹と、タクヤと向かい合っていくんだ。
さよならは悲しいだけじゃない。
きっと、何かを私に与えてくれるはず。
だとしたら、さよならへ向うこれからを大切にして過ごしていこう。
そして、今度、この大好きな沖縄を訪れるときは、
心の中に存在するたった一人の人と一緒に来よう。
そのとき、隣にいる人が誰なのか。
それを知る為に、また私はあの街へ戻っていくんだ。
勇樹・・・。
タクヤ・・・。
私の心の中に住む、二人の大切な人。
4月。
仕事がひと段落したとき、無性に青い海が見たくなった。
私の事を誰も知らない場所で、ただ波の音を聞きたい。
思い立った私は、仕事を2日だけ休んで、週末をあわせて沖縄へ飛んだ。
私の住む街では、勢いで咲いてしまったサクラの花びらが
寒そうな朝や夜が続く気候なのに、
飛行機から降り立った私を迎えたのは温かな空気。
そして、ゆっくりと流れる時間。
夏の訪れを予感させる真っ青な空。
ここで、自分の心に問いかけたいことがある。
空港で借りたレンタカーを走らせて、目的のリゾートホテルに着いた。
部屋に入ってベランダへ出ると、そこにはどこまでも続く海が穏やかに存在していた。
「来ちゃった・・・。」
大きく伸びをして、デッキチェアに静かに座った。
勇樹とのデート、タクヤと顔をあわせる仕事の機会。
ここのところの入り組んだ人と人のつながりを
知恵の輪を解くように整理してみる。
耳に届く波の音は、そんなパズルをゴールまで導いてくれるような気がしてしまう。
ザザー、ザザー、・・・。
いつも私を取り巻いているのとは明らかに異なる時間が私を包む。
何も考えなくていい、そのまま進んでいけばよい、
そんな風に言ってくれているようにも感じるのだけれど、
今、こんなときに考えなければ、ますます私の心は複雑になっていってしまいそう。
ふと、携帯を見ると、メール着信のランプが点滅している。
「誰かな・・・。」
2件着信。
【無事、沖縄に着いたかな?俺も仕事の都合がつけば、一緒に行きたかったのに。
ゆっくり楽しんできてね。 勇樹】
続いて、2件目を見る。
【もう沖縄についた頃でしょうか。イブが羨ましいな。
正直言うと、次回は僕も一緒に行きたい。 タクヤ】
よりによって、二人とも同じタイミングで・・・。
苦笑いをしながら、そのうちの1通に返信をする。
【もう、このまま現実に戻りたくないです。私が戻らなかったら、私の残してきた仕事、お願いしますね。】
そして、数分後、帰ってきたメールには・・・
【イブが戻ってきてくれないと僕が困ります。
仕事はやってあげてもいいけど、イブがいないと僕が沖縄にいっちゃうよ。タクヤ】
ここのところ仕事が忙しくて私をほったらかしの勇樹。
1ヶ月に一度は最低でも会わないと不安だ、と言っていた勇樹にこの前会ったのは
たしか、1ヶ月半も前になる。
こうやって、会わない時間に慣れていってしまったら、
終わりに向って進んでいるのと同じような気がする。
それに対して、仕事も含めて何かと会う機会の多いタクヤ。
そして、タクヤの意味深な言葉。
もしかしたら、私に後輩として以上の気持ちがある?
そんなことを考えると私の胸の中はにわかにざわつき始めた。
勇樹でなく、タクヤ、という選択肢が頭に浮かぶ。
以前、『人は比べるものではない』って言っていたタクヤ。
でも、比べないわけにはいかないよ。
私は、人間が出来ていないし、弱いし、ズルイから、二人を並べて見ないと、
比べてみないと、前にも後ろにも動けないんだよ。
海の音を聞きながら、青い空をながめながら、二人の男性を思い浮かべる。
妻子がいるけれど、やることなすことスマートで、何もかも任せておけば安心の勇樹。
独身で私とまっすぐに向き合える、真面目で、仕事の面で尊敬しているタクヤ。
3時間の距離がある勇樹、すぐ近く住んでいるタクヤ。
・・・。
一般的に考えてみれば、勇樹に勝ち目は無い。
そもそも、妻子がある人と恋愛をしようということに無理があるんだ。
分かっている、頭では分かっているんだよ。
けれど、心がそんな簡単には割り切れない。
勇樹を、今失うことを想像すると悲しくて、切なくて涙が出てくる。
私は、勇樹が好きなんだ。
そう、勇樹を愛している…。
そんな私には、いま、タクヤにこれを超える気持ちは抱けない。
でも、でもね、いつか、そう遠くない未来に、タクヤへの気持ちが大きくなって、
勇樹とさよならをする決心がつくかもしれない。
そういうことが絶対にないとは言い切れないし、むしろ、そんな日が来る可能性が高い。
でも、いまは無理なんだ。
いまは、できない・・・。
勇樹と、今、さよならは出来ない。
でも、タクヤも失いたくない。
ゴメン、本当にゴメンね。
傾いてきた日差しが、木々の陰を長く伸ばす。
さわやかな風が私の体を包んで、そっと心をキレイに洗ってくれる。
そう、私は、いつか来るさよならのために、その意味を知る為に
これからの時間、勇樹と、タクヤと向かい合っていくんだ。
さよならは悲しいだけじゃない。
きっと、何かを私に与えてくれるはず。
だとしたら、さよならへ向うこれからを大切にして過ごしていこう。
そして、今度、この大好きな沖縄を訪れるときは、
心の中に存在するたった一人の人と一緒に来よう。
そのとき、隣にいる人が誰なのか。
それを知る為に、また私はあの街へ戻っていくんだ。
勇樹・・・。
タクヤ・・・。
私の心の中に住む、二人の大切な人。
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