第7話
勇樹と離れている日常の中。
次に会う日を目標にしながら、毎日の仕事と格闘する私。
そんなある日、とてつもない仕事が舞い込んできてしまった。
この世界では新米の私にはにっちもさっちも行かなくて…。
卓上の同業者名簿をめくりながらタクヤの事務所のナンバーを探していた。
「あ、イブです。タクヤ、ちょっと仕事の話なんだけどいいですか?」
「あ、うん、丁度いま手が空いていたところ」
「この前タクヤがやったっていう案件、同じようなのが私のところにも来ちゃって。」
「あ、じゃあ、俺の資料参考にしなよ。
全く一緒っていうわけにはいかないかもしれないけど、少しは勉強になると思うよ。」
「ありがとう。本当に、いつもいつもスミマセン。」
電話の向こうのタクヤには見えないと知りつつも、ぺこりと頭を下げる。
受話器の向こうからは、タクヤの事務所の事務員さんの声が聞こえる。
「じゃあさ、結構な量の資料だから、FAXっていう訳にも行かないし。
今夜、時間があるなら夕食でも一緒にどう?コピーしたものを渡すよ。
ちょっと補足説明もしたいし、さ。」
「はい、よろこんで!」
突然のタクヤと二人の約束に、嬉しさと複雑さが入り混じった気持ちになる。
勇樹も近くにいれば、なんの苦労もなくこんな風に会えちゃうんだよね、きっと。
でも、現実は、勇樹は遠い街にいて、日常の中で偶然に会うこともない。
タクヤとは、こんな簡単に会ってしまうのに・・・。
そんな考え事もつかの間、事務所の電話が鳴って、現実に引き戻される。
そしてそのまま、夜の約束までバタバタと仕事に振り回される私がいた。
タクヤから指定された小料理屋のドアを開ける。
「よお、イブ。」
玄関脇の個室からタクヤがひょっこりと顔を出して微笑んだ。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって。」
私は靴を脱いで、タクヤの向かい側に座る。
女将さんに飲み物とお料理を何品か頼んで、タクヤは私に向き直った。
「早速だけど、これ、さっき電話で話した資料。」
机の上にどさっと、資料を出す。
「ありがとう。にしても、すごい量だね。」
「ああ、事件が終わるまでに1年半かかったからね。」
いくつかの付箋と、マーカーでのチェックのあと。
タクヤの優しさはこういうところに現れる。
決して、手抜きをしない人なんだ。
「しっかり参考にさせてもらって、頑張るから。で、また終結したら報告するね。」
タクヤは微笑を浮かべたまままっすぐに私を見ていた。
運ばれてきたビールと、おいしそうなお料理で乾杯をする。
そして、その後は他愛もない日常の業務の話や、これからの仕事。
色々な話で盛り上がりながらお酒が進んでいく。
「俺さ〜、本当はこの仕事を辞めようと思っていたんだ。」
思いがけないタクヤの発言に私はビックリして箸をおいた。
「ど、どうして?どうしてタクヤが辞めるの?」
タクヤはゆっくりとジョッキを飲み干しながら、女将さんにおかわりを頼む。
そして、イツになくまじめな眼差しで壁にかけてある海の絵を見つめた。
「俺、好きな子がいたんだ。その子は沖縄の子なんだけど、去年の研修会で知り合って。」
私は曖昧に相槌を打ちながら、タクヤの表情を観察する。
「おなかに子供がいるっっていうのに、旦那から暴力を受けているんだよ。
で、このまま行くと、子供が無事生まれないかもしれない、そういって泣くんだ。」
なんて言葉を言えばいいのか分からなくて、私もジョッキのビールを飲む。
ごくり、と大きな音がした。
「俺と一緒に生きていかないか、って思い切って告白したんだよ。」
話を始めてから初めてタクヤの視線が私に来た。
無言の中で、目があう。
「フラレちゃったんだ。それでも旦那が好きだってさ。」
タクヤは何かをごまかすように、取皿の中の料理を一気に口へ流し込む。
そして、再び私を見た彼の目には、うっすらと涙らしきものがにじんでいた。
「タクヤ・・・」
「俺ね、ここでの仕事を捨てて、彼女のいる沖縄へ行こうって決心していたんだよ。
そして、そのおなかの中の子の父親になろうって。
沖縄でもどこでも、俺たちの仕事はできるだろ?」
うん、とうなずいて私はうつむいた。
こんな恋愛ネタを話すなんて、今までのタクヤからは想像できなかった。
だって、タクヤは尊敬する先輩であり、私たち新米同業者を引っ張って行ってくれる人で、
いつも私には難しすぎる法律論なんかを語っている人だったから。
「これ、オフレコね。恥ずかしいから。でもね、なぜかイブには話したくなっちゃったんだ」
意味不明なことをつぶやいて、再び彼は優しく微笑んだ。
「私も、人に言えない恋愛していますよ。妻子ある人と。酔った勢いで話しますけど。」
そういって、私はタクヤを見つめ返した。
「皆、そうなんですよ。幸せで幸せでたまらない恋愛をしている人なんていませんよ。
タクヤは大丈夫。だって、とっても素敵だから、またすぐに誰かを想う様になれますよ。」
根拠のない私の言葉に、タクヤは笑った。
「しばらくはいいよ。でも、そうだな、イブに時々は食事くらい付き合ってもらいたいな。」
私は、笑顔でうなずいて、そしておいたままになっていた箸を持った。
帰り道、タクヤがつぶやいた。
「一人の夜って辛いよね。そんな時、決まって考えることがあるんだ。
一度結婚を失敗した俺は、もう二度と家族の暖かさを味わえないのかな、ってさ。」
一緒に見上げた空には、きらきらと無数の星が瞬いている。
「そんなことないよ。今度はきっと一生モノの人に出会えますよ。
だって、皆幸せになる為に生きているんだから」
満点の星空の下を、私たちは先輩と後輩の距離でゆっくりと歩いた。
勇樹と離れている日常の中。
次に会う日を目標にしながら、毎日の仕事と格闘する私。
そんなある日、とてつもない仕事が舞い込んできてしまった。
この世界では新米の私にはにっちもさっちも行かなくて…。
卓上の同業者名簿をめくりながらタクヤの事務所のナンバーを探していた。
「あ、イブです。タクヤ、ちょっと仕事の話なんだけどいいですか?」
「あ、うん、丁度いま手が空いていたところ」
「この前タクヤがやったっていう案件、同じようなのが私のところにも来ちゃって。」
「あ、じゃあ、俺の資料参考にしなよ。
全く一緒っていうわけにはいかないかもしれないけど、少しは勉強になると思うよ。」
「ありがとう。本当に、いつもいつもスミマセン。」
電話の向こうのタクヤには見えないと知りつつも、ぺこりと頭を下げる。
受話器の向こうからは、タクヤの事務所の事務員さんの声が聞こえる。
「じゃあさ、結構な量の資料だから、FAXっていう訳にも行かないし。
今夜、時間があるなら夕食でも一緒にどう?コピーしたものを渡すよ。
ちょっと補足説明もしたいし、さ。」
「はい、よろこんで!」
突然のタクヤと二人の約束に、嬉しさと複雑さが入り混じった気持ちになる。
勇樹も近くにいれば、なんの苦労もなくこんな風に会えちゃうんだよね、きっと。
でも、現実は、勇樹は遠い街にいて、日常の中で偶然に会うこともない。
タクヤとは、こんな簡単に会ってしまうのに・・・。
そんな考え事もつかの間、事務所の電話が鳴って、現実に引き戻される。
そしてそのまま、夜の約束までバタバタと仕事に振り回される私がいた。
タクヤから指定された小料理屋のドアを開ける。
「よお、イブ。」
玄関脇の個室からタクヤがひょっこりと顔を出して微笑んだ。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって。」
私は靴を脱いで、タクヤの向かい側に座る。
女将さんに飲み物とお料理を何品か頼んで、タクヤは私に向き直った。
「早速だけど、これ、さっき電話で話した資料。」
机の上にどさっと、資料を出す。
「ありがとう。にしても、すごい量だね。」
「ああ、事件が終わるまでに1年半かかったからね。」
いくつかの付箋と、マーカーでのチェックのあと。
タクヤの優しさはこういうところに現れる。
決して、手抜きをしない人なんだ。
「しっかり参考にさせてもらって、頑張るから。で、また終結したら報告するね。」
タクヤは微笑を浮かべたまままっすぐに私を見ていた。
運ばれてきたビールと、おいしそうなお料理で乾杯をする。
そして、その後は他愛もない日常の業務の話や、これからの仕事。
色々な話で盛り上がりながらお酒が進んでいく。
「俺さ〜、本当はこの仕事を辞めようと思っていたんだ。」
思いがけないタクヤの発言に私はビックリして箸をおいた。
「ど、どうして?どうしてタクヤが辞めるの?」
タクヤはゆっくりとジョッキを飲み干しながら、女将さんにおかわりを頼む。
そして、イツになくまじめな眼差しで壁にかけてある海の絵を見つめた。
「俺、好きな子がいたんだ。その子は沖縄の子なんだけど、去年の研修会で知り合って。」
私は曖昧に相槌を打ちながら、タクヤの表情を観察する。
「おなかに子供がいるっっていうのに、旦那から暴力を受けているんだよ。
で、このまま行くと、子供が無事生まれないかもしれない、そういって泣くんだ。」
なんて言葉を言えばいいのか分からなくて、私もジョッキのビールを飲む。
ごくり、と大きな音がした。
「俺と一緒に生きていかないか、って思い切って告白したんだよ。」
話を始めてから初めてタクヤの視線が私に来た。
無言の中で、目があう。
「フラレちゃったんだ。それでも旦那が好きだってさ。」
タクヤは何かをごまかすように、取皿の中の料理を一気に口へ流し込む。
そして、再び私を見た彼の目には、うっすらと涙らしきものがにじんでいた。
「タクヤ・・・」
「俺ね、ここでの仕事を捨てて、彼女のいる沖縄へ行こうって決心していたんだよ。
そして、そのおなかの中の子の父親になろうって。
沖縄でもどこでも、俺たちの仕事はできるだろ?」
うん、とうなずいて私はうつむいた。
こんな恋愛ネタを話すなんて、今までのタクヤからは想像できなかった。
だって、タクヤは尊敬する先輩であり、私たち新米同業者を引っ張って行ってくれる人で、
いつも私には難しすぎる法律論なんかを語っている人だったから。
「これ、オフレコね。恥ずかしいから。でもね、なぜかイブには話したくなっちゃったんだ」
意味不明なことをつぶやいて、再び彼は優しく微笑んだ。
「私も、人に言えない恋愛していますよ。妻子ある人と。酔った勢いで話しますけど。」
そういって、私はタクヤを見つめ返した。
「皆、そうなんですよ。幸せで幸せでたまらない恋愛をしている人なんていませんよ。
タクヤは大丈夫。だって、とっても素敵だから、またすぐに誰かを想う様になれますよ。」
根拠のない私の言葉に、タクヤは笑った。
「しばらくはいいよ。でも、そうだな、イブに時々は食事くらい付き合ってもらいたいな。」
私は、笑顔でうなずいて、そしておいたままになっていた箸を持った。
帰り道、タクヤがつぶやいた。
「一人の夜って辛いよね。そんな時、決まって考えることがあるんだ。
一度結婚を失敗した俺は、もう二度と家族の暖かさを味わえないのかな、ってさ。」
一緒に見上げた空には、きらきらと無数の星が瞬いている。
「そんなことないよ。今度はきっと一生モノの人に出会えますよ。
だって、皆幸せになる為に生きているんだから」
満点の星空の下を、私たちは先輩と後輩の距離でゆっくりと歩いた。
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