第6話
都内のホテル。
夜景が綺麗なその一室で、勇樹が来るのを待っていた。
仕事が終わり、新幹線に飛び乗って、私が部屋に着いた時には、
東京の空は既に夜景の色、寂しいうすねずみ色。
私の住む街では、夜の空の色は墨をこぼしたような黒い色。
勇樹の住むこの街は、夜でも街の明かりが空に届いて、真っ黒にはならない。
星が見えない東京の夜。
でも、そのかわりが、このきらめくほどの夜景なんだね。
28階の部屋から地上を見下ろすと、街を行き交う人も、車もおもちゃのよう。
ふと、一台の車が目に止まった。
シルバーのBM、勇樹の車がホテルのエントランスへ入ろうとウインカーを出している。
やっと勇樹に会える。
1ヶ月ぶりの勇樹。
そして、私がその車を見下ろしていると、携帯にメールが入った。
「今、ついたよ。何号室?それともロビーまで降りてくる?」
勇樹と会っていない時間には沈みがちな私の心も、このときばかりは華やいでしまう。
「2827号室。一度部屋に荷物を置いちゃったら?」
「了解」
携帯を机の上において、勇樹の車を探すと、もうそこにはいなくなっていた。
そして、数分後、部屋のチャイムが鳴った。
「イブ、俺」
ドアを開けて、勇樹を招き入れる。
「勇樹・・・、久しぶり。会いたかったよ」
ちょっとはにかみながら背の高い彼を見上げたら…。
勇樹がきつく私を抱きしめ、そして唇が触れ合った。
月に一度の二人だけの時間。
この時間だけに私の恋は支えられている。
今日も、勇樹のぬくもりの中で1か月分の力を充電しておかないと。
そうしないと、バッテリーが持たない。
簡単に、ダメになってしまいそうな、確かなもののない二人だから。
「さて、食事どうしようか?上の階に鉄板焼きがあったよ。俺、たまには肉が食べたいな」
「そうしよう。たまに会ったときぐらい、美味しいもの食べなくちゃね。」
二人そろって部屋を出る。
勇樹の手が私の腰に回って、さりげないエスコート。
こんな心地よさを感じさせてくれるのは、やはり勇樹だけ。
勇樹は、私をお姫様のように扱ってくれる。
ビールで乾杯をし終えた私の前に、勇樹はリボンのかかった箱を出した。
「これ、良かったら使ってよ。イブ、その時計、前の旦那とペアで買ったのだからイヤだって言っていたの思い出して」
「え、だってこれ、高いよ?」
エルメスのオレンジの箱、茶色のリボン。
「いいの、俺がプレゼントしたものを使って欲しいの。気に入ってもらえればいいけど…」
「ありがとう。大切にする。あけてもいい?」
そっとリボンをほどいて箱を開けると、ピンクがかったフェイスの時計。
時計よりも何よりも、私のことを想ってこれを選んでくれている彼の気持ちが嬉しかった。
そんな彼の姿を想像すると、とても満たされた気持ちになった。よく笑って、よく食べて、よく話して、食事を終えた私達は部屋に戻って抱き合った。
真夜中、隣で眠る彼の姿を見つめて、そっと息を吐く。
勇樹は、私のことをどうしたいんだろう。
私がなんの約束も無いこの恋は寂しい、不安だ、っていったら、仕方が無いって、笑って手を離すのだろうか。
ごめんね、俺が悪かったね、なんていいながら、私の前から去って行ってしまうんだろうか。
それとも、離れて行くなって抱きしめてくれるんだろうか。
私自身も良く分からないけど、私が望んでいることは例えばこんなこと?
いつか一緒になろうね、っていう約束。
どこへも行くな、そんな彼の言葉。
分からない・・・
でも、私の心の中に最近見えてきた真実。
勇樹がとても好きなんだってこと。
さよならなんかしたくない、できない。
ずっと、ずっと、二人の時間を刻んでいきたい。
でも、その勇樹には大切な家族がいる。
だから、会いたいときに会えないし、私は彼の一番大切な人ではない。
彼が真っ先に守りたいものでもない・・・。
そして、こんなことを考えている私の寂しさは、多分彼には見えていない。
いつも家庭へと戻っていく彼に、あなたのことを思って涙する私の存在は邪魔になる。
だとしたら、きちんと割り切って、一線を引いた付き合いをするしかない。
勇樹と続けていくためには、私が割り切らないといけない。
彼に、寂しいとか、会いたいとか、これ以上のものを欲しがったら、多分終わってしまう。
この恋に終わりがやってくるとき。
永遠なんてものがないことは、分かりきっていて。
始まりがあれば、終わりがあって。
ただ、今の私には、彼とこのままではいられないことが見えている。
彼から別れを切り出すのだろうか。
それとも私なんだろうか。
お互いに大人だから、今は上手に距離をとって付き合っている。
このままずっとこんな感じでいることは、それほど努力をしなくても、きっとできる。
でも、私には寂しさというハンデがあるから、きっとこの関係に耐えられなくなる。
『他人と比べることの意味も、必要もない』って、この前タクヤは言っていたけど、
でも、やっぱり暖かい家庭をうらやましく思うし、一人の自分を惨めに思うこともある。
家庭のある彼と付き合っていると、なおさらだ。
私から別れを切り出すとき・・・
それは、私が家庭を欲しいと思うようになったときなんだろうな。
多分、その日はいつかやってきてしまうんだろうか。
そして、勇樹が今の勇樹でいる限り、私のそんな望みはかなえられない。
だとすると、私と勇樹の今過ごしている時間はなんなんだろう。
なんのために、私たちは今同じ時間を過ごしているんだろうか。
私のしていることすべて、人との出会いも、その日の出来事も、行動も、些細な事件も、
全部に何らかの意味があって
だから、今は分からないとしても、きっといつか私と彼が一緒に時を刻まなくてはいけなかった理由が分かる時が来るんだろう。
でも、私は、何をしているんだろうな、ここで。
勇樹…。
私は、まだ、勇樹と二人で過ごす時間に、意味を見出せない。
二人でいることの理由が分からない。
都内のホテル。
夜景が綺麗なその一室で、勇樹が来るのを待っていた。
仕事が終わり、新幹線に飛び乗って、私が部屋に着いた時には、
東京の空は既に夜景の色、寂しいうすねずみ色。
私の住む街では、夜の空の色は墨をこぼしたような黒い色。
勇樹の住むこの街は、夜でも街の明かりが空に届いて、真っ黒にはならない。
星が見えない東京の夜。
でも、そのかわりが、このきらめくほどの夜景なんだね。
28階の部屋から地上を見下ろすと、街を行き交う人も、車もおもちゃのよう。
ふと、一台の車が目に止まった。
シルバーのBM、勇樹の車がホテルのエントランスへ入ろうとウインカーを出している。
やっと勇樹に会える。
1ヶ月ぶりの勇樹。
そして、私がその車を見下ろしていると、携帯にメールが入った。
「今、ついたよ。何号室?それともロビーまで降りてくる?」
勇樹と会っていない時間には沈みがちな私の心も、このときばかりは華やいでしまう。
「2827号室。一度部屋に荷物を置いちゃったら?」
「了解」
携帯を机の上において、勇樹の車を探すと、もうそこにはいなくなっていた。
そして、数分後、部屋のチャイムが鳴った。
「イブ、俺」
ドアを開けて、勇樹を招き入れる。
「勇樹・・・、久しぶり。会いたかったよ」
ちょっとはにかみながら背の高い彼を見上げたら…。
勇樹がきつく私を抱きしめ、そして唇が触れ合った。
月に一度の二人だけの時間。
この時間だけに私の恋は支えられている。
今日も、勇樹のぬくもりの中で1か月分の力を充電しておかないと。
そうしないと、バッテリーが持たない。
簡単に、ダメになってしまいそうな、確かなもののない二人だから。
「さて、食事どうしようか?上の階に鉄板焼きがあったよ。俺、たまには肉が食べたいな」
「そうしよう。たまに会ったときぐらい、美味しいもの食べなくちゃね。」
二人そろって部屋を出る。
勇樹の手が私の腰に回って、さりげないエスコート。
こんな心地よさを感じさせてくれるのは、やはり勇樹だけ。
勇樹は、私をお姫様のように扱ってくれる。
ビールで乾杯をし終えた私の前に、勇樹はリボンのかかった箱を出した。
「これ、良かったら使ってよ。イブ、その時計、前の旦那とペアで買ったのだからイヤだって言っていたの思い出して」
「え、だってこれ、高いよ?」
エルメスのオレンジの箱、茶色のリボン。
「いいの、俺がプレゼントしたものを使って欲しいの。気に入ってもらえればいいけど…」
「ありがとう。大切にする。あけてもいい?」
そっとリボンをほどいて箱を開けると、ピンクがかったフェイスの時計。
時計よりも何よりも、私のことを想ってこれを選んでくれている彼の気持ちが嬉しかった。
そんな彼の姿を想像すると、とても満たされた気持ちになった。よく笑って、よく食べて、よく話して、食事を終えた私達は部屋に戻って抱き合った。
真夜中、隣で眠る彼の姿を見つめて、そっと息を吐く。
勇樹は、私のことをどうしたいんだろう。
私がなんの約束も無いこの恋は寂しい、不安だ、っていったら、仕方が無いって、笑って手を離すのだろうか。
ごめんね、俺が悪かったね、なんていいながら、私の前から去って行ってしまうんだろうか。
それとも、離れて行くなって抱きしめてくれるんだろうか。
私自身も良く分からないけど、私が望んでいることは例えばこんなこと?
いつか一緒になろうね、っていう約束。
どこへも行くな、そんな彼の言葉。
分からない・・・
でも、私の心の中に最近見えてきた真実。
勇樹がとても好きなんだってこと。
さよならなんかしたくない、できない。
ずっと、ずっと、二人の時間を刻んでいきたい。
でも、その勇樹には大切な家族がいる。
だから、会いたいときに会えないし、私は彼の一番大切な人ではない。
彼が真っ先に守りたいものでもない・・・。
そして、こんなことを考えている私の寂しさは、多分彼には見えていない。
いつも家庭へと戻っていく彼に、あなたのことを思って涙する私の存在は邪魔になる。
だとしたら、きちんと割り切って、一線を引いた付き合いをするしかない。
勇樹と続けていくためには、私が割り切らないといけない。
彼に、寂しいとか、会いたいとか、これ以上のものを欲しがったら、多分終わってしまう。
この恋に終わりがやってくるとき。
永遠なんてものがないことは、分かりきっていて。
始まりがあれば、終わりがあって。
ただ、今の私には、彼とこのままではいられないことが見えている。
彼から別れを切り出すのだろうか。
それとも私なんだろうか。
お互いに大人だから、今は上手に距離をとって付き合っている。
このままずっとこんな感じでいることは、それほど努力をしなくても、きっとできる。
でも、私には寂しさというハンデがあるから、きっとこの関係に耐えられなくなる。
『他人と比べることの意味も、必要もない』って、この前タクヤは言っていたけど、
でも、やっぱり暖かい家庭をうらやましく思うし、一人の自分を惨めに思うこともある。
家庭のある彼と付き合っていると、なおさらだ。
私から別れを切り出すとき・・・
それは、私が家庭を欲しいと思うようになったときなんだろうな。
多分、その日はいつかやってきてしまうんだろうか。
そして、勇樹が今の勇樹でいる限り、私のそんな望みはかなえられない。
だとすると、私と勇樹の今過ごしている時間はなんなんだろう。
なんのために、私たちは今同じ時間を過ごしているんだろうか。
私のしていることすべて、人との出会いも、その日の出来事も、行動も、些細な事件も、
全部に何らかの意味があって
だから、今は分からないとしても、きっといつか私と彼が一緒に時を刻まなくてはいけなかった理由が分かる時が来るんだろう。
でも、私は、何をしているんだろうな、ここで。
勇樹…。
私は、まだ、勇樹と二人で過ごす時間に、意味を見出せない。
二人でいることの理由が分からない。
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